<607>

 身体、角度、脅かされて適度だ。どのように襲うとも、静かで、ゆったりで、発言の隙間があれば良い。徐々に徐々に、その主張が影薄く、寝ているうちの出来事でもこれが一番さ、という目覚めを求めていたらあなたがそこに居た。お手本となれよその水の流れ。場を劇的に変えるのじゃなく、回転した先の空気がこのままの気持ち良さであるように。

 誰が祈る? 湧き立たせてどことどこ、このままどんどんと増えていくとは思わない、にしても、これは、この変化は風景と呼べるだろうか。ここは身体、招ばれたものさ。各々ひとつそこから出てゆこう。何を置き去りにするのかは問わぬから。押せ押せ、一度目の眠り。見て見て、心のなかから通りまで。お願いというほどでもないことが、急に視線となったり、抑え難い怒りになったり。なだらかな夢を見て、鈍たい動きのその後のもの。ゆかせまい、バランスを裏切るようなことはしないのだ・・・。

<606>

 もう思い出せないもの。結局、私と関係があるようには見えなかったもの。ひとつ、歩んでいくその音を聴かせてくれないか。誰笑う訳でもないが、苛立たしい、疑わしい、混乱もまた、予定通りに投げてくれるならば良い。

 これは屹立、しかし勇気ではない。これは屹立、しかし、勇気などではなく、この場所はこの場所らしくあるべきだという考えや、意識の喪失、一日ごとに増える疑問などの結果が、大袈裟に口を開いているのだ。

 窮屈なら、その穴にだけ感慨を注がないでいようか。迷いも諦めも、何かを喋った試しがなく、これはあなたのほうがより分かるのではないか、などという思いつきと、ふたりの意識。僅かでも掬ってどうにか運ぶなら、私にも分からない、と、最初に言っておく用意がある。

<605>

 全体でないからこそ、この一区画の代表として、何かを述べているし、何か怒ってみたりもしているのだろう。一区画以上のものではない。しかしその一区画が、全体だとしたら。ほとんど全体と違わないものだとしたら。あくまでも全体を、志向するものであったとしたら・・・。現れて沈黙は深く、どこまでも深くなってゆくのだろう。言葉やその勢いは、どこへやられるのか。行先を変えるのではなく、ちらりとその表情を映すのだ。

 何故か、不可能な集まりだけがあり、通過する雰囲気があり、束の間笑いと、疚しさが浮かび上がり、顔を斜めに噛んでいる。退場者、それは幾度も招待され、最初からその役割を背負わされる、理屈の外の存在だ。この場合、沈黙にはまた長さが必要だ。そしてこう言っている、

「私の姿を断続的に浮かべよ」

と。

<604>

 「怒ってるだろ、関係なくても怒ってるだろ。あれは何故関係のないものにイライラするのかという、自分の気持ちを処理しにゃならんだろ。あれは自分の処理だろうに。」

「いやね。自分ひとりでってことにしないで、自分のイライラは周りとも関係があるって、そうすることによって共同体に関心があるということになるのよ」

「そうかな。しかし、失礼だな。自分の処理を他人におっ被せんのは」

「そうよ。だからあなたは短期的に、そう短期的に、礼儀正しい人になるの。ただ、それも続くと、あの人は何にも関心がないんじゃないかしらって、文句を言って関心も持った人の方が長期的に見れば有難いんじゃないかって、そうなるの」

「へえ。まあ、関心が薄いのは間違いではないけどね。困ったね」

「あなた、本当に困ってる?」

「いやどうかな。だからって失礼と知りながら意図的に失礼な態度を取ることは出来ないな」

「そうよ。あなたには出来ないわ。だから、自分だけの処理だと思っていない人は、他人におっ被せてもなんとも思わない、というか、それがおっ被せることだなんてちっとも気がついていやしないのよ。だから、失礼なんじゃないかなあなんて悩みもないの」

「そうかね。困ったな」

「あなた、本当に困ってるの?」

「いやどうだろう、困ってないのかも分からんね」

<603>

 こんなもの、どう変わっていったらいいと、言うのだろうかと思っていると、気がついたら全く違うものになってしまっていたり、するのだいやしかし、自分で動かすまでもない名前、という錯覚を持っていき置いとくと、非常な勢いで裏切られ続けていくからどうだ、たといこんなものでも気持ちが良いだろう。好奇心と呼んでも、いいのだろう今度はまた、ウキウキウキしているさなかその筋道に、誰が合わせたらいいのかとこの踊り、たかが拍子とその他表情を混ぜて、ゆくよゆくゆく簡単な挨拶もそこそこ、もう少しゆっくりと回っていただけないかしらと、お前を作っているものはお前が思っているよりずっと、ずっと激しいのだと。だから、それはある程度抑えられている大人しいというのは激しくないという意味ではなかった。やっぱり、そう思うか? 今そう思い始めていたところなんだ。謎でもかでも、大らかに歌ってみたらいかがだろう? 何故って優しい昨日のかおかたち。

<602>

 可愛げがなくて苦しい立場になっている人、可愛げがあってそのことにより様々の恩恵を受けている人、それらは人の自然だ。生のままで、美しい。一番汚い、醜くて見ていらんないのは、

「可愛げがないんじゃあねえ・・・」

「せめて可愛げを身につけなくちゃ」

「可愛げがないからああいうことになる」

と、分かったようなことを端っこから足しているような姿だ。生のままに、余計なものを足すな。そもそも足していることにすら気づいていない。ただ可愛げのない姿が、生のままの姿だということが別に分からなくてもいいのかもしれない。

「あら、意識があるのなら何か一言言ったらどうなの?」

「ははあ、はあ」

「何にも言わないんじゃ、あなたには意識がないのっさ」

カラカラカラ、と笑ってくれれば、怒るなどして安心もしたろうが、ははあ、はあ、ははあ、はあのリズムはここにあり。コツコツとした覆いの内側をゆっくりゆっくりと回ったのさ。

<601>

 放られて、心地良い。順番に、現れて抱いて。ここもここも道で良いから。その代わり、足元は熱かった。訴えたくないことまでも、一切が、放り出してくれたから。なんだなんだ、頭ではただ、一度の喜びと白ける折が。珍しい湧き立ちと投げやりなひとこえが。僕はそれを音にするのに手間取った。多少のうろたえと、トコトコトコ見るほんの少しの勇気、いや、もっともっと少ない気持ち、従えさす踊り。

「緊張しているんだ。でなきゃ、あそこまで激しくなれないのでしょ」

おっと、適当だ。驚く奴も、そうでない奴も。どうも、一緒に見られたんでは具合が悪いと言うんだ。

「そんなこと言ったって、皆ここに集まっちまってるじゃないよ」

しかしどうにか願いをかなえたい。あっちでキョロキョロこっちでキョロキョロ合わせてキョロキョロ無感動。くすっ。くすくすくすっ。こうやってバラバラに見たからってそれが何だと言うのだろう。大爆笑はやがて一列となりまたリズムよく出ていった。人々と誰かが頷いた。