<286>「夢から剥がれて」

 夢の光景があまりにもゴチャゴチャしていて、起きてすぐには気がつけないにしても、しばらく時間が経つと、起き抜けに夢の中のあんなことを本当のことだと思って、一瞬でも頭がそのまま動いていたという事実に、思わず笑みがこぼれる。そこには順序も辻褄も何もあったものではない。

 しかし、更に時間が経って、仮にここではその夢から一年経ったとしておこうか、あの夢は依然として私の中でゴチャゴチャであるのかどうか。勿論、全体を思い出せれば、なるほどゴチャゴチャだったと言えるに違いない。しかし、場面場面をバラバラに思い出したとしたらどうか、その現実らしさたるや。一年経った後の私は、そもそもその夢が一年前のものであったことすら忘れ、しばらくその、過去の夢の一場面を現実と同等に認識してぼんやりした後、いやいや、あれは確か現実ではなくて夢であったのではないかと、ブルブル頭を振っているような具合だ。

 もしかしたら、更にもっと遠い日に見た夢など、頭の中では当たり前のように、過去の事実として扱って、反芻していたりするのかもしれない。

<285>「動力は」

 何かに非常に勇気をもらう、そんなことは俺にはないのだよ、などと言えば、格好はつくのかもしれないが(別に、格好良くないかもしれないが)、しかし例外なく私にもそういうことがある。ただ、勇気をもらったからしばらく大丈夫かどうかというのは、正直なところ分からないというのが実際だろう。しばらく大丈夫なような気が、その瞬間に強烈に訪れはするのだが、それはその瞬間にそういった強烈さが襲うという以上の話でもなければ以下の話でもないので、実際にしばらく大丈夫かどうかとはあまり(全くと言ったら言い過ぎか)関係がない。

 そういう感覚、というか、物事の運び方に気がついてから、何かから勇気をもらうことで、生活全体を乗り切ろうとする動きをあまりしなくなった。もちろん、何かに勇気づけられる経験を意図的に避ける訳でもなければ、軽蔑することもない。その体験はその体験で、むしろ進んで受けたりもするのだ。ただ、繰り返しになるが、今勇気をもらえるかもらえないかということと、しばらく大丈夫なまま過ごせるかどうかということとの間に、深い結びつきを見ていないだけだ。

<284>「無縁と時間」

 まるで無縁、無関係なものに対して全く無警戒でいるものだから、あっという間に距離を詰められてしまった。自分と対象とが一体になって、何故だかこの関係がどこよりも古いような気さえしてくる。それは、時間というものを持たないためか(つまり、今は、1億年以上の昔とも一緒である)。つい先程まで無縁だったと信じさせてくれるものは周りにほとんどない。記憶と、文字などのデータ以外には・・・。そこで、未だ無縁と思えるものを取り出し、それと関係を取り結び終えている未来というものを想定してみる。しかし、それは何か、動きのないつまらない遊びであるかの如く、こちらに何ものをも響かせてこない。

 結局、時間というものの無さあるいは、今というものの永遠性、両方向性ということなのだろう。

「懐かしい。前にもどこかで会ったような気がする・・・。」

初見でそう思うのは、今というものが、即ち過去(それも、どこまでも遠いものまで含む)でもあるからなのだろうか。無縁のものに今出合えば、それは遥か先で出合ったことと全く同じなのである。

<283>「何故だか暖かさを増していく」

 夕景に踊る一両の流れ。伏せた目を細い影が捉えては損ね、捉えては損ねする。ほんのり暖かくなった内部を船が浮遊する。そこを満たすものは、ずらりと並んだ黒い群れ。警戒心を解かれた無数の粒は行き場を求めず、懐かしい光の中で空腹を装った。空中睡眠の頻度はいや増し、匂い立つ入口の隅でこうして待っているのだ。

 当然の如く濃さはなだらかに行き渡り、揺すぶる、足の上でもったいぶって染色を施し直す。もう一度、またもう一度。無数の細い筋に雨の幻影が重なって、何故だか暖かさを増していく。ためらうことを知ろうともしない眩しさとなって・・・。

<282>「デラウェア」

 デラウェア。ひとつひとつ皮から実を押し出しては食べ押し出しては食べ、余った皮は皿の端にまとめて置いておく。実を全部食べ終えた後、余った皮を手の平の上でひとつの塊にすると、口の中へ放り込んで、ぎゅうっと絞る。果汁を絞り切ってカラカラになった皮の塊を口から出して、ご馳走様。

 そういった手順で、以前まで食していたことを思い出した。以前、それも、随分前だ(巨峰は種があるのであまり好きではない)。ふと、皮の塊を口の中でぎゅうっと絞らなくなっていたことに気づく。いつからだろうか。別に、気づいてから改めて実行に移しても遅いことはなかったのだが、恥ずかしさの為ではなかったと思うが、やらなかった。やったら美味しいのにな、とは思ったのだ。

 

<281>「青い好色の男」

 その男は空中を噛むと、大胆な太陽を引き寄せた。閉じた目に空間全体として刺さる球体は、出口を探してやや勢いを強めると、覚えず、道案内の白い一筋を裏切って、開かれた目の前で急速に縮まった。横暴を恥じるかのように、微かに呼吸を深くする。それとこれとは何の関係もないと言って、男の懐からはやけに青い好色な男。踏ん張りの利かない身体を猛スピードで降下させ、淡さばかりを作ることに専念した。尤も、それは双方の望んだことではないだろう。立っていられない程の疲労感を自ずから求めにくる様を、道案内がてらいつまでも眺めていた。

 

<280>「つく風」

 青やかに、朝まだき風の群れが、不都合に目覚めをそそのかすと、しばらくして戻っていく。長い確認が、穏やかさを植えつけつつ奪い去ることを予感する。ここは私の眠るところではない。

 丁寧に暗さを抜かれた空が、一体となって誘い出す。遠慮がちにびゅうびゅうと、風の案内はあくまでも低いところを走った。網戸を引いた手は、まるで戻ることを検討していないかのような軽さで。

 おおという挨拶の響きが、がらんがらんと木々の固まりを揺らす。眠り際、見られる景色の落ち着いた、暗さを持った露骨な動きは・・・。