<479>「形から溶けて」

 しっかりと応えられないことが分かるのだから、振り返らない景色が日に日にここで親しくなる。空間が、知らない地点と定めたその瞬間から、雰囲気は徐々に徐々にひとりへと変化する。

 誰の、それは、誰の挨拶であるか。きっとそれは、向こうでくたばるほかない、私などの、綺麗な夜だ。

 何かが、何者かが、便利な型に自らを育てていくので、

「これは罠だ」

しかも、快適で、好意的で、的確で、柔らかい罠だ。だから、溶けやすいところから順番に溶け出してみている。風に左右され、天候に押され、夢を見、沈殿した感情を、限定的な時間へ、ひらに押し込んでいる。謎を、また謎を、ここから吐き出せ。ならば、まだ見たこともないものをひとつ、またひとつと咥えていて、こらえるつもりもないのだから。

<478>「ただまだからだだから」

 それ以上は不分明だから、よすが良いじゃないか、と、誰に言っているんだ? 人の反応を、範囲を、一体何だと思っている? まあ、疑うに越したことはないなどと一口言ってみているが、どのように疑っているのだろうか皆目見当もつかないので、ひとつひとつに分けてみることをやめていくのだ。

 が、たがたが言うた、ええ? あなたがたががたがた言うのじゃなければ景色は存分に開けたんではなかったかどうか。その回答をひたひたとひたすらに落す戻すここですここがそうです。ただまだカナダから来ただけの絵だなら買い戻す? 誰が? さあ・・・。

 接続不可能な場所? それは無理くり無理やり力で通そうとするからなので、冷静な呼吸と、ほんの少しの脱線があれば大丈夫なのだ。どう訪れるかも分からない場所が、ここでは共に懐かしい。

 過度に解けと? けどけどそれはさ根をもっともっとでも、後から窓からたどたどしい外、くも、空、まだ、朝っぱらから空、暗っ、とかでも、なかなかなかからとか懐かしいから涙の方から今乾いていくから、から、からからから、からからからから。

 必然の直線を見つめる目は、確かにここに嵌っているのであって、また、見失う方途も容易い。あら、どうしてここで出会わなければいけないの。順番という考えを持ち合わせていないからだ。ならば、この道はどうだ?

<477>「空洞の、響きに沿う」

 まだまだ景色を教えたいと、曖昧な空気が言うのでしょう。どうしてだろうか、私はとても眠い。これは、歓迎だとか、拒否だとかに関わらないことだと思えるのですが、いやはや、静かな移動の距離だけを、見せてください。

 大きな空洞には、否定のニュアンスがないのですが、穴があればそこでは何かが否定されたのだと、さて誰に、何処で教育されたのでしょうか。空洞に光り輝くその玉になど、土台違和感しか覚えません。

 ので、落ち着けるべきところをまず、失うところから始めたのならば、いや、最初からそんな場所とは縁がなかったのならば、惑いであることを承知する以外に、何か他の仕事があるというようには思えませんでした。

 やや少し、傾きかけてきたものを、無感情に直す。それですが、ひたすら泣いているものに直面したとき、態度を細かく取り過ぎて、全く動かなくなったも同然のところまで行きました。渡すものは、ただのひと動きです。

 後悔を抱くにしては、過ぎ去った景色を、まだ同じものとして憶え続け過ぎています。なかには、積み重なったものが、思考の跡を少しだけずらすのかもしれませんが、驚きのない映像は、私を離れていない証拠となるのです。

<476>「温度へ向かい回転する」

 普通の温度に、どれくらいの扱いにくさを感じてきたのだろう。明確に上がったり、下がったりすれば、態度の取り方のひとつやふたつ、私にも用意出来たのだけれど、といった顔が並ぶ通り。

 もう少し、売ってくれませんか? とんでもないこと、言うもんじゃないよと、視線が、こちら、あちら、そら、寄越せ、寄越せ、寄越せ・・・。

 正確に、同じリズムで、雑音のなかを行く。こうしていると、誰にも見えないことを知っているのだと、徒に話すこともない。道は、存在を準備されて僅かにその形状を変える。道理で、込み入ったなかをスルスルとすり抜けていける訳だ。

 呼吸を許すから、あなたも歩んだらいかが? こちらにだけ、ニヤッと笑うかと思えば、また少し遠くなる。場面を確かめたのはこの日のこの時間だけで、一体どこからどこまで混乱として処理したらいいのか。検討する気分でもない。

 同じやり方で歩み、明らかな妨害となるのではなく、ただニヤリと人知れず笑う道へ、誘いの表情へと変化することを考えてみる、考え続けてみる。むろん、回転するのは、そこで笑っているものだけとは限らない。

<475>「無意味な朝を読む」

 少し前を急ぎ、なだらかな坂より染みて、さらに、さらに。ひとつの無警戒、ひとつの無関心が、緊張を見ててさらに、さらに。まだ、残った風景を回収するには足りないから、まさに、ここが、挨拶でも並走でもない場所だったんだ。

 何故なら、僕を見る。そうして決意が、無意味な朝を読む。ひとつ、ふたつ・・・。遠くまでをいちどきに暮らすのに、ここは、いまひとつの温度が足りない。ただ、泥酔と同じ景色を、ここに、まさか、招び込んでいて、回転する夢を、全体のうちに追い詰める。いやはや、これが、後方に捨てられたもの、そのものだとしたら・・・。

 ただし必然に舞い上がる時は、焦り、惑い、晴れやかな笑いを斥け、黙したものどもは今にも行く。明日、また突然、ここで唸り声を上げるとも知れず、上げかねるとも知れず、ドドド、おとなしいここまでを見せる。ふたり、ひとつ、余計、通し、またの、機会に、機会に・・・。

<474>「緩慢に」

 おそらくはただ、ここで悲鳴と聞こえているに違いないが、影響を受けるのがこちらであるとして、そのメッセージを投げかけた当の者は、何がしかの苦痛を背負っているのだろうか。それは、勿論そうであろう。大体が、悲鳴を発する者と受け取るこちらは、地続きではないのだろうか。ただ、その暴走の名残りを見、それ相応に嘆じていく必要はないのかもしれない。ともかくも、それは一応済んでいるという印の数々なのだから。

 事を急き、見た目には解決した、という形で終わらすのが習い性になっているらしく、徐々に徐々に、にわかにはその変化が確かめられないような形で動いていくことになかなかのもどかしさを感じているらしい。しかし劇的に解決するためには、むしろこちらの道を通らなければならないことがよく分かるので、この歩みの供として、デロデロゴボゴボ湧き出す奇っ怪な生きものの想像を用意してみたりもするのだ。自分自身が、変わってしまったことに気がつかないくらいに、ゆっくり、ゆっくりと・・・。

<473>「止んだ空間へ」

 暗い穴が、時間を探してこの勢いにむしゃぶりつき、知られたくない表情が、感じたくない奔流が、次々に場面を展開していく。ああそうか、感情だ。完全な顔を崩さないために、呼吸は、固く、浅くなっていく。

  踊り、くねり上がればいいのだ。

  踊り、くねり上がれば・・・。

 計画通りに息が捨てられていくかと思えば、また平穏を取り、回復する以外の傾き方を拒否したりしている。何故だ、何故私には、この穴の意味が分からない・・・。にわかに規則的であるとは信じがたいが、独自のルーティンをこちらに見せざま、飽きることもなくそこここに細かくあけていく。

 やれやれ、挨拶もなしに、その浮沈を放棄していくとは・・・。毎度のことに、慣れていないことが合図となって、応答の止んだ空間へ、やや落ち着いている。映像たちは、想像の申し出を断って回転を止め、歩行のリズムが不安定になろうが全く気にかけないでいる。それは脱力を促すためにいいことではある。