<987>「私はひとつの温度のなかで」

 やわらかい声

 やわらかい場所、、

 やわらかい響きのなかに、わたしがひとりくるまれている、、

 膨大な嬉しさとともにわたしはひとりでした、

 道をゆきます

 すると、あらはれる、、

 あなたはあちこちからあらはれる

 あちこちにひとりのわたし

 たかが小さい声音がその胸を過ぎ、ふるえ、

 特別に透き通ったやらかい顔を見せてくれます

 あなた一流の温度でもって、わたしは今日の陽(ヒ)のやわらかさを静かに受けとめています

 疑いもなく素晴らしいということを、

 そんなことはないはずだという思いとともに

 ともにそのままひきずっていってください、

 ・・・

 急にどうしようもなくひとりです

 全ての景色はたったひとりで見てくださいと言わんばかりに。

 わたくしが目一杯愚かしく画面に移ろうとする、

 と、

 拍子抜けするほど、素直な、すっきりしたひとが立っていることがあります。

 わたくしはたれかの温度のなかでややふるえています、

 それはなにのためにでしょう、

 なんて複雑な、なんて簡単な、ひとつのいろ

 ひとつひとつ取り戻そうと焦らなくても。そんなことはない。順調に染(そ)みしています。

<986>「黒色の蝶」

 黒色の蝶

 わたしが

 あなただけを好きだというただのいきおいに乗れ

 幾たびも軽くなれ

 黒色の蝶、、

 お前は物語か、、

 わたしを見てどう思う?

 なにのきなしに触るるその曲線に何を思っている?

 たえまのない目の叫びにさらされてあなたの羽はどう変わる?

 普段お前がなにのきなし、なんのてらいもなく時間のなかに消えているのを思い、ただ、

 そうあるべきだ、

 と思っただけなのだ、

 黒色の蝶

 お前の軽さは無力なのか?

 おそらく無力だと問いもしないその姿わたしにはとても美しく見える、、

 わたしはあなたをいだきたい、

 しかし、いだかなくともよい、

 そうやって普段時間のなかに消えて、時々、これといった、変わり映えのしない瞳のなかにあらわれる、あなたは黒色の蝶だ、、

 ただに美しいと言えばピッタリしない、

 ただあなたの羽のなかでわたしのまどろみがなんどもよみがえる、と言えばよいか・・・

<985>「水色の男」

 そこでひょいと跳ねた水色の、

 水色の男か、、

 さっと過ぎ、かすめる、

 水色の男か・・・

 ひらひらと視界のなかで遊ぶ、、

 幽かにはたらく、わたしは意識する、、

 そうだ

 いまのいままで、水色をした男のなかにひとりで移っている、

 と、思っていた(そう思った)

 丸めてたわめてもまだかすかにいでくる芳香のその男のなかにいる気がした

 そこには同じ匂い、

 わたしがあなたと同じにおいになるとき

 そのいぶかしげな姿

 そのいぶかしげな微震動さえわたしを微笑ませるとき、

 あなたは水色の男であることにつき なんの遠慮もない、

 ただのたっとかわいたこの一瞬に、

 あなたはかげでなく現実となくどこからか出できてまるごとわたしを染(そ)めてしまう、、

 その染(そ)み、

 からだが順々にふるえ、

 そのときどきの道を示し、

 水色の男はそこから小さなささやき声になる、

 しかしわたしは自分の耳を信じている

 そのた、まだなんのためらいもなく、

 水色の男に向けて肌を露出している・・・、

<984>「跳躍と泡」

 はなって

 ただ軽く

 はらって

 はらってよ

 ままならないものに、、

 ひとつの細かな震動、、

 あたしをたくましく、ひとくち、ふたくちと加えてゆくもの、、

 潜る、 それはもう 突然に潜っている、、

 なるほどわたしにはいまひとつ分からないこと、、

 そのさわぎ、、

 そのはやしかた、、 

 なんと派手なわたしの跳躍と回転だこと、、

 ものすごい悲鳴 それはそれはもう悲鳴そのものの、、

 逆に振れてひとに次ぐひとが落着いてしまうような、、

 そのものすごさと、泡立ちの不気味さ、、

 そこへひとがいかばかりか指を染(そ)まし、ひとつずつでも開いてゆく、、

 泡立ちのなかにそれとなく開かれる瞳、、

 なんともぬらりとした輝き、、

 あなたの染(そ)ました指が次々にものの自信を失ってゆく、

 あわただしい輝きのなかに据えてじっと動かない、、

 くり抜く意図のないものにくり抜かれてしまった裸体の驚くべき静けさ、

 ことはここにないのじゃないのかしら・・・とつぶやく、

 そこにウんでゆく、、

 あらたな光を懐へ静かに染(し)み込ましている・・・、

<983>「不気味な男」

 でろんでろんでろん

 ただのぶゥ

 ただの不気味な男に秘かに似ている

 不気味な男 不気味な男

 それは誰なのか(秘かに似ている)

 不気味な男

 でらうでらうでらうでらう

 不気味な容れ物

 水を運ぶぜ

 とんころころころこ‐こころころろここ

 泥濘 泥濘

 泥濘から姿をじかに出す、、

 不気味な男は誰なのか、、

 不気味な男は指を差す

 不気味な男は誰だ(おれだ・・・おれか・・・)、

 優しい日差しに不釣り合いな溶け方をして、、

 微笑みさえその温暖さと袂を分かつ、

 不気味な男は誰なのだ、、

 おれは不気味な男の凝視のなかにあやしく棲んでいる、

 不気味な男は口を真一文字に結び、

 おのがふるえる映像をただにさらしている、、

 不気味な男、、

 それはおれか おれの線の上に連なるひとつの音(おと)のうちのわたしか、

 不気味な男、

 不気味な男はそこへ立つ。

<982>「新しい呼吸が増える」

 そのかたち

 まともに放りいだされたという姿勢を守れ

 ただに勢いよくくだるその流れに、

 その姿勢のまま、そのまま揺らいでけ、

 揺らあごう、揺らがないでか

 あなたが静かに瞳の前に立つとき、、

 わたしがこの不案内な記憶を総動員し、あなたの丁寧な言葉の並びの前に立つとき、、

 あたらしい呼吸が増える、

 まだ濁るらしい、隅々にまで目を通して、なおもそこから、あらたな姿勢を支えるためにいでくるらしい、、

 この、なんのきなしに緩やかなひとマ

 たれも彼もさわやかに跳ねることを知る、、

 盛んになる勢いの、その名残りがいまや優しくくだって、また音(おと)のなかにわたしの表情を隠してゆく、、

 それで、いつもいつもひととおりの顔を、厚い厚い覆いのなかに包んで、

 わたしはただ音(おと)のならなくなったひとりのひとみたいな顔をする、、

 そこにいでて鮮やかに泳ぐ、

 一片の灰色のはね

 厳しく、鋭く、軽く

 たれかこの声の絡む先にあると願った、、

 その姿が

 わたしの思いそのままになりかわり、じねんにあらわれていた、

<981>「陽、染、音」

 陽(ヒ、) 染(そ)み

 ふたりして

 合わせてい、、

 うちを覗かせうる

 さながら

 滑り

 ヒ、そみ

 ヒはあたたかく滴り、わたしの輪郭を作っている・・・

 そこにただ‐イ‐ふるえた・・・

 わたしまごうかたなき、

 ひとつの軽さを引きずり、

 隠れ

 うらやむ、

 あたらただ肌、、、

 わたしなら・・・

 ただのからだがほしい

 まずはただのからだがほしい

 からからになってふざけている、ただのからだがほしい

 いやに染(そ)み、、

 知り、

 ヒを見つけてははしゃぎ、

 またわだかまる、

 とろけとろけては刷く、、ねむりそうな黄色の、まだぼんやりとした明かりのなかに、ずぶずぶと沈みいる、、

 愉快な音(ね)を立てている、

 ほうほうのてい、

 はうはうのていで、

 わたしをみだりに揺らす、、

 のが分かる、、

 と、

 きらめき、まだどこか長閑な声に、

 惑わさるる、

 るるるる

 櫛でこの黄色い明かりを、繰り返し梳かしてゆくながら、、

 細かい光線の、無音の拡がり、

 ぼっとしたあたまに滑り、ふたたびおのが領域をひろげてゆく、

 と、、

 ますますけばけばしいくなる、