<1007>「あさはまだき」

 涼しい、、

 涼しいカオ、

 かはかは、かはかはと笑いながら、、(えへへ)

 わたしは、(わたしはだけど)

 なにの色(イロ)、目掛けて

 なにとなにの色(イロ)、目掛けて、普通に揺れていったらいいのだろう、、

 ひとは、風、、(ひとのイロを映す)

 ひと、より風、

 ふだんに吹いて(ふだんふだん)

 ひとよりかかる風、、

 びゅうびゅうとびゅう、(びゅびゅうとびゅう)

 は、

 わたしの色(イロ)をまた目掛けて、

 どこを吹きまたするりと(どこを吹きまたするり、と・・・)

 いごき、いごきして(いごいていったとして、、)

 ゆっていったらいいのだろう(風はさらに吹く)

 またあした、またあしたにひとつのまぶしさ

 かたがた目を細め(うちえみうちえみ)

 ゆるやかなさわぎ、うちにかかえ(かかえられき)

 まだけわいまだき、あさはまだき(き、き、き)

 余計にふるうはわれら、、(はなはだしい)

 はなはだしい、は、わざと、

 に、触れていたらいいのだろうか・・・(かはは)(かはは)

<1006>「あなたは一量揺れて」

 おい、

 なあおいおいおい、、

 お前は(お前は)(お前はさ)

 どうなんだよ(なにが?)(どうなんだよ)

 したたかなのか?(はん?)

 考えなしなのか?(へ?)

 なあ(なんだよ)(聞こえてるよ)

 したたかなのか 考えなしなのか(うん)

 したたかなのか(うん)考えなしなのか(うんうん)

 あなたは誰だ(あら?)

 あなたは誰なんだ(さあねえ?)

 お前がいつもいつも先に(ふふふ)

 お前がいつもいつも先に(というよりあなたの考えより多く)

 全くもっていろいろになるのだから(どうだろう)

 全くもって困っちゃうよ(そうかなあ)(でも)

 あなたは時々眠るじゃない(そうだよ)(それがなんだ)

 あたしは眠ることがないのだから(ねむることがナイ?)

 だからそれでいいじゃない(いいかな)(おあいこさま)

 それはおあいにくさま(おあいにくさまってことなの?)(そうよ)

 どうだろう(一日で)(一分で)(一秒で)

 様々に分かれ分かれてあなたが眠っていたらば大丈夫、、

 そしたら元気千万 そしたらば準備は万端、、

 整いまして(整いまして)、

 あの筋(すじ) この筋(すじ)と、わたしあなた向かい、

 大きな渦(小さな渦にもなって)、

 またあのまちなか、このまちなかをゆけば、あなたもそれなりに嬉しいのでしょう(さあね)。

<1005>「全景があなただ」

 はらはら、は、はらはらと、そのまま

 の、

 香りをつけて

 わたしへたゆたう

 一手 一秒 ミリを通し

 わたしのもとへ

 たゆたう たゆたう

 すぐ目が覚める(すぐ目が覚める場所)

 いつかの煙を吸い(ぱっと目覚め)

 たゆたう場所(たゆたう場所の)

 ひかり(違う)(忘れる)(幻を見る)

 あなたの目つきのするどさ

 に、

 我を忘れ(忘れた)(今以上の気分になる)

 ものは順にかたられてゆく(偽りの姿)(今結った仕草)

 なめらかな動き(なめらかな動きを読み)

 きびしい声(ひとりでこたう)

 まだか まだか

 ちゅうにぶらりん、は、今は今、

 そのあたい(いくらになるか)

 ほのかに香っている頃(ほのかに香っている頃には)

 全景、全景、、

 全景色があなただ(嘘でしょ?)

 またもやおなじ、ひらいている(口をアけて)

 ものすごく切なくて、はやい(たれもかれも)

 うごめき、手(て)、いる、ぐらい、分かる、分かる・・・

<1004>「遠い名前の粘り」

 ひらり、、

 また登る また登る 眠る

 ただに、あなどるわけにいかない

 あいだに挟まっている、

 おそらくは、いき おそらくは自由

 まだいまだにおそろしい、

 急に自信を失ったりしている、、

 遠い名前(わたしには遠い名前)

 わたしには遠い名前のように見えている、、

 柱が揺れた

 揺れて、出で、またさらい、静かに垂れる、、

 ひとの名(ひとの名は)

 ひとの名はさらにあつくなっている、

 わが惑いのなかに招び込みき、

 ひとり ふたり(ひとり ふたり)

 急な申し出(急がなければならない)

 あなたふわりとした(得体の知れない)(熱い・・・)

 ものぐさそうな笑み(あなたふわりとした)

 わたしも続く、、

 たれかこの呼吸のなかに直線を、わたしの直線を、おそらくは混ぜているな、と、、

 感ずる 感ずる

 ひとつにまぶす(まぶす)(マ)

 あら、と、必然の、そは意識、まず間違いのない、

 けむたいような 知らないような

 まるで外側からその粘り気が全て与えられたのような、、

<1003>「新しいの、嬉しいの」

 わたしはこの一瞬を繰り返したいの、

 けれども新しい、

 新しいことがどんどん出できて、

 この一瞬は繰り返せないのだけれど、、

 新しいことが出できた、

 この瞬間を繰り返したくて、

 またここにやってくるわけだけれども、、

 けれども新しい、、

 ほんとうにまた新しいことが出できて、

 この一瞬を繰り返すことはまた出来ない訳で、

 それでも嬉しい、

 またこの一瞬を繰り返そうと試みることから、

 新しい瞬間が出できて、

 新しい瞬間が不可避的に出できて、、

 嬉しい うれしい

 この瞬間は、わたしに知られて、わたしの前でまた変わって、

 追いかけているのか いないのか、

 新しいことが出でくればまあそれでうれしいけれども、

 新しいこと出できて!・・・って思っても別に出できてくれはしなかったりして、、

 やっぱりまたなにかこの、ここのこれを繰り返したいなと思って出でくるときに、

 そうなるとどうしても不可避的に新しいことが出でて、

 あれ、なんか新しい、

 なんかこれ新しいよね、と思うわけだけれども、、

 それは嬉しいの、

<1002>「緑色の眼」

 ふらふら、ふらふらと

 あなたの生活 わたしの生活

 それぞれの、その生活のなかに、、緑色のレンズ、

 緑色のレンズがはまっている、、

 はまっているから(はまっているから)、

 すばやい、

 すばやい(そこを通して見ると)

 むしろ、そこを通してしかものを見ていない、、

 そこを通してしかものを見たくない、、

 あなた全体が緑色に染(そ)んでいない、そんな姿はわたしが見たくない、

 たださわやかに駆け、たださわやかに描(エガ)く、

 またあたらしいヒ(おのが緑色の予感を持ち、準備するものたち)

 またあたらしいふしだらな緑のヒ、、

 そのなかにいっぱいのいき、、

 わずかな、

 その緑色の視線のなかに、

 あらんかぎりにひろがる緑の輪(わ)、(わ)(わ)(わ)

 そこへいっぱいに、まだ、むっ・・・とするさかえ、を含んでゆく・・・、

<1001>「爽快さへの道」

 完全な想像でしかないわけですけれども(逆に、想像でなかったらこわいことになりますけれど)、殺人って、思ってたのと違うなあ、というか、爽快感もなけりゃ、スッキリも別にしないような気がするんですね、

 刺したりしたら、今までそこにいたはずのひとは一瞬でどっかいなくなってしまうし(この人をつかまえようやっつけようと思ってたはずなのにね)、血はすごいしなんかにおいとかもすごい、自分の今後とかを考えるとその諸々のおもさとかもすごいな、みたいな。

 やってやったぜ、全部ぶち壊してやったぜ、みたいな仕草が披露されますけれども、前述のような想像をもとに考えますと、

「あれ、思ってたのと違うな」

というか、

「そんなにスッキリ、て訳にもいかんな」

という感じではないかと思うんです。スッキリするだろうとか、せいせいするだろうとかを、考え違いしたまま行為に及んでしまったとすると、被害を受けたひとは当然のこと、被害を出したところの当人も不幸ではないですか、ね?

 演技をしますでしょ? 正確に、ね、正確に演技をしますよ、つまり、どっかへ運ばれてるときに顔が映る(このひと、ひと殺してますよ、みたいなもんですわね)、と、カメラに向かってニタッと笑ってみせる、とかね、

「わたしは無敵ですからなんのおそれもありません」

みたいな、

 そいで、世間のひとはヒエッ、とか、ひゃあっ、とか言う訳ですよ、

「信じらんない、理解しがたい、おそろしい」

的な、

 でも、ちゃんとしているというか、世間のひとに向かって、こういうポーズをしたら、あるいはこういう発言をしたらめちゃくちゃこわがるだろうという想定を立てて、実際にカメラにニタッとしてみたり、無敵ですからあたし、みたいにするっていうのは、ことの善悪はどうあれ、頭はハッキリしているな、ちゃんと物事を考えられるひとだな、こんなにちゃんと物事を考えられるひとなら殺人なんてしなくても済んだんじゃないかな、と思うわけですね(わたしだったら、ひと殺してるのに普通に警官と雑談しようとしてるひととかのがこわいです)、

 なんだこれは、納得いかない、ちくしょうぶち壊しだ、さぞ爽快だろうな、みたいな、でも殺人でそれ得ようとしても、多分思ってたのと違うことになるよってのをちゃんと説明出来れば、カメラにニタッとしてみたり、無敵ですからって言える判断のあるひとたちは大丈夫なんじゃないか、というか、事前に止められるんでないか、と思うわけですね、

 そいで、もうなんか塞がったと、どうしようもなく塞がったと、爽快感を得たい、ではなくもっと上、爽快感を得なければ死んでしまう、というところまで塞がってると、したら、殺人じゃなくて、圧倒的に、人を、モノを、大好きになるしかないんですね、これ、爽快です、実体験です、間違いないす、こんなに爽快感得られるかってくらい、気持ちいいです、

 そいで、全部が全部じゃないでしょうけど殺人の話に絡んで愛の話とかも出てきたりするんですけど、

「好きでもどうせ振り向いてもらえない」

「誰にも愛されない」

みたいなね、ことを言ってるんですよ。それは殺しは絶対に悪いことですけど、

「もう! カップル当然教育、カップル至上主義のバカ!」

って思いますね、

 好きだ、それも圧倒的に、という気持ちひとつで自身が、自身のエネルギーが完璧にスパークすればそれが全てで、そこでひとりでうひょうひょ言ってればいいんですよ、振り向くか振り向かないかなんて相手の領域に属するところだから自分には全然関係ないし、関係ないところで自分はひとりで気持ちよさで爆発してればいいんですからね、

 それを、そう言わすってことは、公に、あるいは暗黙裡に、

「好きかなんか知らないけど、最終的にカップル(夫婦)にならなしょうがないでっせ」

って圧力があるんでしょうね、だから好きは抑えなきゃいけないし、振り向いてもらえるか否かを(ホントは考えなくていいのに)考えなきゃいけないって思い込んじゃってる。

 いやバカかと、カップル(夫婦)も結果だから、それはオマケみたいなもんだからって、それよりも、自分が圧倒的になにかが誰かが好きだということの方が大事で、それが全てなんですよって、ちゃんと言っていこうって、誰も言わなきゃわたしだけでも言っていこうって、爽快感っていうのは間違いなくここで得られますよってことを言いたいです、そんなん、振り向いてくれなかったら意味ないなんて嘘ですよ、圧倒的に大好きで、そういうものがいっぱいあってってだけでめちゃうれしいですもん、それだけで完全に気持ちいいですってわたしは言えます。