読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

<155>

飽きさせないものが飽きるものに姿を変えてしまうことほど耐え難いことはない。何故かは知らないが、全てのものは日常性をもたらされる運命にあるらしい。つまり、目先を派手に次々と変えていっても、必ずそれは一定のリズムに捕まる。それ自体(あっちこっ…

<154>

散々問われているからこの問題はもう終わり、問うても仕方ないし、問うならば違うところを問わなきゃ、で動いていこうがどうしようが、その散々に問われた根本の根本が、依然として切実なものであり続けていることは変わらない。先にいろいろな人が問うてい…

<153>

何でもこれひとつで説明できる、うん、様々な要素からその分野で使えるものだけを取り出して、記号(言葉もそう)に置き換えていけば、あらゆる領域のことを、それひとつでとりあえずは説明出来るようになるだろう。故にこれを究めれば、全部のことが分かっ…

<152>

社会とは説明である。もう少し言えば、社会内の個であることは説明の努力によって保証されている。逆に言えば説明に縛られる。これは非常に萎えることだが、まあ、やらない訳にはいかない。これに萎えているのはおそらく私だけではないだろうと思われるのは…

<151>

平和も危機である。それは全く穏やかな状態というのに耐えられない部分が少なからず誰しもにあるからだ、というようなことを以前書いたが、穏やかな状態というのに何となく我慢ならないところがあることと並行して、強烈な経験と、「本当」という観念とがあ…

<150>

嫌いだ、ということを大した事件だと考えるから、変に繋げようとして状況を悪化させたり、そのままに留まることを何か大変悪いことのように考えたりしてドギマギするのではないか。嫌いが発生してくるところを観察するというか、考えてみると、実に何でもな…

<149>

著しく不自由な状態と、そうでもない状態とがあって、大体はそのふたつに分けられるのではないかと思っている。ここで自由、本当に自由な状態というのはないのかという問題があり、私は、そういうものは想像の中だけにしか存在しないと考えている。あるいは…

<148>

何かが奪われるという感じが伴う。決して私が持っていた訳ではなかったのだが。何かが奪われた、その人も自分で持っていた訳ではなかったのだが。所有していないものを奪われるはずがないだろう、つまり何も奪われやしなかったということなんだよ、と言って…

<147>

現実感のないもの(現実にないものではなく)は、いくら集めても満足できないし、不安もなくならない。だから、あんなに沢山集めておかしいのじゃないかと言っても仕方がない、おかしいのは本人だって分かっているはずだ、しかし訳も分からないほど集めない…

<146>

ステップアップの考え方に立てば、次第に経験は強度を増したものになっていくべきだし、濃い経験をして、またより濃い経験をして、という進み方をして、完全なゴールではないにしろ、ある程度の段階にまで達することが望ましい、というようになっていくから…

<145>

記憶に対する強迫観念みたいなものがあり、ついつい憶えすぎようとしてしまい(つまりいつでも沢山のことを想起出来るようにしておこうとする)、勝手に辛くなっていることがある。それはどこかの番組で見たことから始まったのかもしれないし、何かの文を読…

<144>

言葉を使うということ、同じ言語を使用しているということが、逆に異質さをハッキリと浮き上がらせる。到達したい方向、最初から決めてかかっていることが各々で違っていても、言葉の上だけでは巧みに議論が展開されているように見え、ちゃんとどこか共通の…

<143>

この人は一体何者なんだ、それはお前、豆腐屋のオヤジじゃねえか、極端なことを言えば、いや、言わなくてもそれでいいのであって、皮肉ではなく、こういう判断をスパッと出来る人が一番鋭いと思っている。あっちへ行って情報を集めこっちへいって情報を集め…

<142>

全部は見えないはずの自分が、鏡や記録映像や画像によって眼前に現れる、しかしそれがいくら鮮明であっても、リアリティが感じられても、肉感を持った存在、肉体というものが現にここにあるように感じられる存在として私の目に映る訳ではないから、そういっ…

<141>

少々化物じみた表現になるが、例えばもし人間の目玉が、虫の触角のように、眼窩からいくらか伸びた線の先にくっついていて、ひねりを加えさえすればその先っぽについた目玉は、360度どこでも見渡せるようになっていたとすると、鏡の役割を為すものを介さ…

<140>

どこに行っても自分だけが本当ではない気がするのは、目の付き方、その方向が問題だという気がしている。つまり、結局それは誰でもそうなのだが、自分以外の人の目は全てこちらに向かうことが出来、自分の目だけがこちらに向かうことが出来ない、というとこ…

<139>

途方に暮れていた人、終始途方に暮れ続けた人を笑えないと書いた、それは自分の似姿だ、いや、自分よりも自分自身であったのかもしれない。与えられたものに対して、こちらも積極的に答え(応え)を付与していく、何かを見出していくことこそ生きるという作…

<138>

ないものをこねくり回す、それが嫌だと言ったって、もちろん程度の問題はあるだろうが、こねくり回せる確かなものというのはないのであって、ないものをそれなりに、こねくり回していくしかないのではないか(こねくり回すとすれば)、というのはまさに『か…

<137>

困惑していると、ひとつポーンと投げてしまえば良いのではないだろうか? 食べ放題のように、元を取ろうと奮闘するものとして生が現れてきたことがないというか、そういうものに見えてきたことがない。折角とかの言葉と生がどうしても結びつかない(「折角生…

<136>

今の現実を現実だと思わせない、あれは錯覚だったのだと思わせることでしか組み込むことが出来ない、これはまずいだろうと思うが、それは方法がまずいから方法さえ何とかすればという話ではなくて、そのまずさは根本条件であるから仕方がない。そうすると、…

<135>

電源ボタンを押すと、テレビだとか音楽プレイヤーだとかが一瞬で切れる、この寂しさ、現実感の物凄さというのはちょっとほかにない、一番現実らしい現実に思える。であるから、つまんないなあと、飽きたなあと点けているときに思っていた場合ですら、消すこ…

<134>

破れかぶれも、行き過ぎると普通になる(見える)、以前混乱の極まりを書いたことにも通じる。しかしまあ、「普通になる」というのは普通ではない訳で、「知ったこっちゃあない」と思いながら、何事もなかったかのように動いているのは正気の沙汰ではないの…

<133>

どこの誰だか分からない男と目が合った、座っている、しかしどこにいるのか分からない。飲み込まれないためには中心に向かわなければならない、しかし、中心に至るまでの道は厳しい、何より流れが急だ、遠ざかるのは脱落への道ではない、より大きな流れに巻…

<132>

何かの立場に立って語ることはつまりパターンの習得だから、習得の早い遅いはあれど、それ自体は別に特別凄いことでもない、考えることとも逆の作業だ。何にも分かっていなくともスラスラと延々に喋ることが出来る。そういうパターンの習得(それはどこに行…

<131>

荒さと無関心、というよりは深い落着き、そういうものの同居する中で、普段は全く荒さの影響というものが感じられないところから(あるにはあるのだけれど)、何処まで行っても何があっても、項垂れるにせよ、激流に飲み込まれずにいられる、というよりそん…

<130>

気付かない方が遠くまで歩ける、でも全く気付かない訳にはいかない、歩けなくなってしまう。であるから、気付かないでいるという「意識」を持たなければならない。それは、何か靄のなかにいるような気持ちだ、歩いていることが不思議になる、いや、歩いてい…

<129>

よく見るということは即ち、内容を失って穴になるまでに見るということであって、判断をすることではない、判断とは根本的に異なるものであると思っている。 「よく見なさい」 と言うとき、それは判断を誤るんじゃあないよという意味で使われていることが多…

<128>

私が無いというのは、自分を後にして他人に尽くすという話とは関係のないような気がしている。尤も、これは実感であって、昔の仏教の考えなどがそのような利他を指して無私(あるいは無我? 別物?)と呼んでいたのではないのではないか、と言いたい訳ではな…

<127>

大きな声を出す場所がない、別に出したっていいのだろうが、結果迷惑になり、不必要に他人を怯えさせることになるのは間違いない、声を張り上げるのも好きではなかったし、 「もっと声を出せ」 としょっちゅう言われているぐらいのもんだったから、まさかと…

<126>

途方に暮れる、結果的にずっとそうしていたと、大きな声で笑われている人がいたとしても、私はその人を笑えない、外形的な違いを装っていたからといって、途方に暮れる人でなかったと胸を張るつもりもなければ、張れやしない、自分がそうではなかったなんて…

<125>

それがカウンターパンチ、バランスを取るための姿勢であることは分かるのだが、普通に生きている人が一番だよと、特殊な立場に居ながら言ってしまうことの格好悪さ(必要に応じて「俺には普通は無理だからさ」と添えてみたりもする格好悪さ)はちょっと見る…

<124>

この野郎っ、腹が立つなあしかしあれはどうなっていたんだっけ・・・帰ったら何を食べようかな、いや許せんな本当に、というように、様々な意識が何の脈絡もないまま入れ替わり立ち替わりすることの方が多く、激しく怒りを覚えるようなことがあっても、その…

<123>

帰るときに衒いがあってはいけない、それから、すぐ帰る奴だからあいつはと思われてなくてはいけませんよ、何ということなどを言っていた気がしたのをハッと思い出したのは、あの人が二度と帰らないような雰囲気でそこを出ていったからだった。じゃ、行って…

<122>

後悔の言葉、懺悔の素振りすら見せない、とんでもない奴だ、きっともうとっくに忘れているんだろう・・・。そうかもしれない、大方忘れているのかも、しかし、そういった告白が歓喜と密接であることを意識し、努めてやらないようにしている場合もあるとは思…

<121>

それが一般的に愚かさの証とされることが分かっていても、自分が納得していない限り、あるいはぼーんと突然(無理やりにではなく)分からせられるときが来るまでは、賢明なフリをしないこと、分かったフリをしないこと、いつまでも納得出来ない、考えに考え…

<120>

動揺する、それは確信の身振りであり、確信の内容ではない。他者にしか見られないことにも驚くし、他者にその身振りが見えていることにも驚く、つまり確信の身振りを意図することも出来れば、勝手に読み取ることも出来るといった具合、内容がないのだぞと説…

<119>

何の判断もつかない、何も分からないと言って、何かが浮上してくることを期待していやしないか、まあいい、取りこぼしの問題、別に解決しなければならないものの類であるかどうかは知らないけれども、それ自体曖昧なもので論が進められるもどかしさ、曰く才…

<118>

美意識はその内に排除を含むのではないか、ということを以前書いたが、倫理観にしたところでそうで、極めて倫理的であろうとする努力はどうしても攻撃的なものをその中に宿らせてしまう。こうであらねばならない、こういうことをしていてはいけない、こうい…

<117>

焦る、それは時間がないという意識からだろうと思われるが(むろん、ここでのそれは、時間というものはないのではないかと直観する、あるいは疑いを持っているという意味での「時間がない」ではない。もしそれを持っていれば、焦りはしないだろう)、それだ…

<116>

ただの存在だ、ただの動きだということが強く意識せられるようになってからというもの、意味を見出そうとする問いは、ポジティブなものであれネガティブなものであれ、全てが失敗に終わるよりほかないのではないかという気がしてきている。「一体私は何の為…

<115>

死んだように映るのではなく、死んだように映すという要請があるということ、つまり、訳も分からず存在してしまっている者が、訳も分からず存在してしまっている仲間を死んだような存在と判定することの訳の分からなさから出発しているのだが、こういうとき…

<114>

こうと決めたらそれに一直線だもんね、そうか、こうと決めたならそれに一直線、そんなことは思ってもみなかった、というより、別段意識してみたこともなかったが、なるほど確かに言われてみればそうなのかもしれない、嬉しかった、大事なところ、核となると…

<113>

人が生活する様を想像しようとする、人が動いて、何を食べ、そして語り・・・。何も分からない、情報がないのか、いや、生活は想像させない、そんなことがあるか、私の想像力が足りないだけではないか。そのまま生活に流れ込んで、自明の理以前の次元であっ…

<112>

自分だけが良ければいいのか、というその、自分だけが良ければいいという状態(心の状態も、具体的な状況も含めて)がよく分からなかったりする。自分だけが良い状態というのを想定しようとしても、何だか全体の景色がぼんやりとしてきて、よく見えないし掴…

<111>

すぐ得体の知れないと言いたがる、異様である、そうかそうか、しかし冷静になって、ふと辺りを見回してみたときに異様でないものがただのひとつだってあるのか、物語にそぐうていなくともちゃんと揺れ動く、それは当たり前のことであって、そういう、物語か…

<110>

不決定は姿勢、態度ではない、いや、態度ではあり得ない、だから困るというか難しいのだが、不決定でいようとすればそれは即決定になる、不決定でいようと決定してしまう、それは不決定ではない。であるから懐疑派というのも変な表現だ。 「果たしてそうであ…

<109>

同じ振る舞いでも、果たしてどちらなのかが分からない、それは傍から見ている他人が分からないだけでなく、当人も分からない、そういうことが、例えば、決して言い返さない、汚い言葉に汚い言葉で返さない、黙している、それは美徳といえば美徳だし当人だっ…

<108>

結局、あの人は何を好いていただろう、その、何を好いているか分からない存在というのが妙に現実的で、やたらにくっきりとして、答えを返さなければならないのは果たして私か否か、イラストか、それは別の人だった、それも訊いてみて、いや、言われてみて初…

<107>

この私、というものに囚われていてはまだまだだ、という話は分かるが、この私、というものにもう囚われていないと勝手に考えるのはまたそれでいけない、自分の問題などからは去った、自分などはもうどうでもよくて、もっと広く広く見ることが出来ていると考…

<106>

帰る、ということなど特別意識していないような様子で、帰らなければならない、ああ、帰ったね、あれ・・・帰ったよ? あらまずいじゃないと、しばらくの間を置いてから気づかれるような、そんな自然さで、帰ったらまずいかなあとか、よし、ここはもう帰って…