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<183>

教育欲というようなものの現れを見ると、いつも、う~んと思ってしまう。それは自分にもある類のものであるから尚更だ。つまり、自制すべきものなのではないか。こういうことを考えている、疑問に思い続けているが、上手く響いて行かない、というイライラは…

<182>

嫌な陶酔、嫌な酩酊というのはやはりあって、それは酒を飲んでいるときを考えれば一発なのだろうけれど、酒以外でもそうだ。自己批判にしたって(勿論他者批判もそうだ)、正義感の発露にしたって、必ず酔いというものが伴っていて、それを感じて後悔するか…

<181>

自己批判が目的ではなく手段になっていることがほとんだと感じる。つまり厳しい目を向けているのではなく、他人を黙らせる為、介入させない為に、自己批判を手段として持ち出している。黙らせたいときは、相手に直接、 「黙れ」 と言ったり、何かを説いたり…

<180>

怖い視線というのは、実はあまり大したことがないのかもしれない。いや、確かに怖いのだが、危機として非常に分かりやすいから、対処の仕方も分かりやすい。それより、何だろうあの不気味な睨みは。ぶるぶるという慄えが背中から足にかけてやけにゆっくりと…

<179>

よく見なさい、というのはそうすればきっと何かが得られるからではない。何かの為ではない。ただ見るということ。残らず全部を見つめるということ。では何故そうするのか。何故というものはないのだ。どういうことだろう。言われただけでは分からないが、ひ…

<178>

欲望が迷いであるというのは、そういうことではないか。つまり欲望に惑わされるから気をつける、しかし何故惑わされるかというと、欲望自体が混乱している、欲望が迷っているということだ。これは、無意識をイコール本音に安易に結びつけることに対する疑問…

<177>

結局何ものかにはならない。何者かになるようには出来ていないからこそ、段階、地位を作る。尤も、結局何者でもなかったとしても、そういう位置を設定して、自身の振舞い、周囲の振舞いがそれに沿うたものになって行けば、本当に何者かになったような現実状…

<176>

その日、私は歌をつけていた。ゲームに付随する応援歌のようなものを。いや、歌は友達がつけていたのかもしれない。可笑しくなって続いた。その楽しみに夢中になる一方、何か幼過ぎるような、似合わないような感覚に陥り、事実そのときは幼かったのだが、今…

<175>

行動が全てという考え、その実践には良い面と悪い面がある。尤も、~が全てという極端な考えに身を置く以上、良いものと悪いものが力強く浮き上がってくるのは仕方ないのだが。良い面は、行動が重視される以上、何はともあれ物事は前に進むということ。口だ…

<174>

大方の人には分かんないだろうねと、敢えて分からないような、あるいは分かりにくい提示の仕方をして得意になっているのもガッカリだが、自分が分かるか分からないか、理解が容易か否かを基準にして、分からなければ即、 「こんな分かりにくい、難しいものは…

<173>

運命というものは何かと考えるとき、それは言葉の意味を追えば当然なのだが、逃れようなどと思っても逃れられないもの、意志などを超えたところで定められているもの、となるから、例えば私にとってそれは、 「日常性の枠に取り込まれる」 ことだったりする…

<172>

まるで同じことを言っている。内容に少しくの差はあれど、また同じことを考えているし、また同じ通路を進んでいる・・・と思うのだが、ほんの少し前のことでさえ、もう何と言っているのか分からない。こんなにも変わってしまうのだろうか。同じことを言おう…

<171>

意識に上ることを信頼しすぎたり、意識に上らないことを信頼しすぎたりすることには無理がある。頭を強く働かせさえすれば真理に至れるだとか、無意識に抱いてしまっている気持ちの方が本当だ、という考えはどちらも極端なのだ。上ってくるものと上ってこな…

<170>

親指がいたい、それも、ちょっとしびれを感じているぐらいの程度で、どこまでも押して行けたら面白いだろうな、いや、そういう場面てのは意外とよくあるような気もする。相手が深刻な家庭問題、またひとりは大病、またひとりは大いなる憂鬱を抱えているとこ…

<169>

大袈裟になることをどうも挫かれるように出来ている。辛いことや悲しいことがだんだんに自分の中で大袈裟になろうとしているのを見ると、笑ってしまう。苦痛が随分と簡単に快楽へと接続されるのを覚えて、何となく胡散臭さを感じるようになり、そして幸不幸…

<168>

何も分からない存在はどのようにして歩むのか。それはお前の歩み方をよく見てみれば分かるだろう、分かるか? いや・・・。倦怠感は純粋に身体の問題だという気がするのだ。同じ感覚に貫かれていながら、全く元気がなかったりだるかったり、一方でピンピンし…

<167>

受容する身体がひとつひとつ違うのだから、 「お前はあいつのことを何にも知らない」 までならまだしも、 「だから、あいつについてのお前の認識は間違っている」 までいくと、それは違うのじゃないかなと思う。或る人物のことが分かる、そしてその分かり方…

<166>

会話は雰囲気の確認、関係の深化が目的であるから、相手の話の内容をしっかりと聴く必要はない。むしろ、話の内容に拘りすぎると、会話は発展しない。大体が会話の出発点、きっかけとして出されるものに確実に返そうとすると、 「ああ、そうなんですか」 で…

<165>

話し合うことが必要だ、そうしないと何も前に進まないという話と、議論なんかしていても仕方ない、各々が勝手に思考を進めていく方が結果的に良いという話とは、一緒ではないまでも矛盾はしないと思っている。つまり、こちらの為にも相手の為にもなるような…

<164>

怒りというのはとことん理不尽なのかもしれない。理が混じることもあるにはあるが・・・。ほとんど理のないところに理を見よう解釈しようとするところにしんどさはある。自身が向けるもの、向けられるものの両方が、理不尽であることを拒否する、あるいは、…

<163>

私が聞く私の声と、相手が聞く私の声とは違う。その事実を録音機器などで確かめる。 「ああ、私の声は、¨本当は¨こういう声なんだ」 と。しかし、私が現実に暮らしているときに、身体の内側にあって直接聞いている私の声は偽物ではないだろう。つまり内側に…

<162>

例えば生活の細部、そこで何が使われているのか、どのようなルールの下にあるのかなどに驚くことはあるだろうが、生活自体に驚くことはあまりない。これは、他人の生活の想像困難性にも関係しているのではないか。つまり密接過ぎて見えようがない、しかし密…

<161>

確かに感じられる、というところで済ませられないで、「真の」とか、「本当の」とかを持ち出さずにいられないのはどうしてだろうか。確かに感じられたのなら、それが自分の中でしっくり来たならば、もうそれでいいじゃないか。そこから、 「本当の何々とはこ…

<160>

人物について間違うということはない、お前は分かってるなあ、という表現のされ方に対する違和感、本当というものの頼りなさ・・・。こういうことをよく考えるが(以前に書いているが)、幸福を目標とするという話も、同じ疑問の範囲に属する。 あなたは幸福…

<159>

何かのきっかけで、どこからか怒りが湧き起こり、激流となって荒々しい渦を巻く。カーッと来てるものと一体になるようなところもありながら、主に翻弄され、戸惑っている。こういうとき、いつも不思議な思いをする。翻弄されるなんておかしいではないか? い…

<158>

動かない人物像があるという仮定あるいは思い込みからスタートすれば、その人の本当の姿とはどれかというのを探ることになる。そして、よりショックの大きいもの、印象の強いもの、探る人が最初からそうだと思い込みたかったイメージに合致するものを、その…

<157>

凡そあらゆる人の中で、最も周りに流されやすい、自分の考えを持っていないように見える人でさえ、動かされたくない領域というものを必ず持っていると思っている。それは当人が自覚していることもあるし、ほとんど無自覚なこともある。尤も、どんな人を取っ…

<156>

椅子にじいっと深く沈み込む老人を前にして、自身の時間の進みが速いことに翻弄されそうになる。半日と言っていいほどの長い時間を一緒に過ごし、取り立てて何をする訳でもない空間には二度だけ食事が並んだ。本はない、テレビは映る、どこかに出掛けるとい…

<155>

飽きさせないものが飽きるものに姿を変えてしまうことほど耐え難いことはない。何故かは知らないが、全てのものは日常性をもたらされる運命にあるらしい。つまり、目先を派手に次々と変えていっても、必ずそれは一定のリズムに捕まる。それ自体(あっちこっ…

<154>

散々問われているからこの問題はもう終わり、問うても仕方ないし、問うならば違うところを問わなきゃ、で動いていこうがどうしようが、その散々に問われた根本の根本が、依然として切実なものであり続けていることは変わらない。先にいろいろな人が問うてい…

<153>

何でもこれひとつで説明できる、うん、様々な要素からその分野で使えるものだけを取り出して、記号(言葉もそう)に置き換えていけば、あらゆる領域のことを、それひとつでとりあえずは説明出来るようになるだろう。故にこれを究めれば、全部のことが分かっ…

<152>

社会とは説明である。もう少し言えば、社会内の個であることは説明の努力によって保証されている。逆に言えば説明に縛られる。これは非常に萎えることだが、まあ、やらない訳にはいかない。これに萎えているのはおそらく私だけではないだろうと思われるのは…

<151>

平和も危機である。それは全く穏やかな状態というのに耐えられない部分が少なからず誰しもにあるからだ、というようなことを以前書いたが、穏やかな状態というのに何となく我慢ならないところがあることと並行して、強烈な経験と、「本当」という観念とがあ…

<150>

嫌いだ、ということを大した事件だと考えるから、変に繋げようとして状況を悪化させたり、そのままに留まることを何か大変悪いことのように考えたりしてドギマギするのではないか。嫌いが発生してくるところを観察するというか、考えてみると、実に何でもな…

<149>

著しく不自由な状態と、そうでもない状態とがあって、大体はそのふたつに分けられるのではないかと思っている。ここで自由、本当に自由な状態というのはないのかという問題があり、私は、そういうものは想像の中だけにしか存在しないと考えている。あるいは…

<148>

何かが奪われるという感じが伴う。決して私が持っていた訳ではなかったのだが。何かが奪われた、その人も自分で持っていた訳ではなかったのだが。所有していないものを奪われるはずがないだろう、つまり何も奪われやしなかったということなんだよ、と言って…

<147>

現実感のないもの(現実にないものではなく)は、いくら集めても満足できないし、不安もなくならない。だから、あんなに沢山集めておかしいのじゃないかと言っても仕方がない、おかしいのは本人だって分かっているはずだ、しかし訳も分からないほど集めない…

<146>

ステップアップの考え方に立てば、次第に経験は強度を増したものになっていくべきだし、濃い経験をして、またより濃い経験をして、という進み方をして、完全なゴールではないにしろ、ある程度の段階にまで達することが望ましい、というようになっていくから…

<145>

記憶に対する強迫観念みたいなものがあり、ついつい憶えすぎようとしてしまい(つまりいつでも沢山のことを想起出来るようにしておこうとする)、勝手に辛くなっていることがある。それはどこかの番組で見たことから始まったのかもしれないし、何かの文を読…

<144>

言葉を使うということ、同じ言語を使用しているということが、逆に異質さをハッキリと浮き上がらせる。到達したい方向、最初から決めてかかっていることが各々で違っていても、言葉の上だけでは巧みに議論が展開されているように見え、ちゃんとどこか共通の…

<143>

この人は一体何者なんだ、それはお前、豆腐屋のオヤジじゃねえか、極端なことを言えば、いや、言わなくてもそれでいいのであって、皮肉ではなく、こういう判断をスパッと出来る人が一番鋭いと思っている。あっちへ行って情報を集めこっちへいって情報を集め…

<142>

全部は見えないはずの自分が、鏡や記録映像や画像によって眼前に現れる、しかしそれがいくら鮮明であっても、リアリティが感じられても、肉感を持った存在、肉体というものが現にここにあるように感じられる存在として私の目に映る訳ではないから、そういっ…

<141>

少々化物じみた表現になるが、例えばもし人間の目玉が、虫の触角のように、眼窩からいくらか伸びた線の先にくっついていて、ひねりを加えさえすればその先っぽについた目玉は、360度どこでも見渡せるようになっていたとすると、鏡の役割を為すものを介さ…

<140>

どこに行っても自分だけが本当ではない気がするのは、目の付き方、その方向が問題だという気がしている。つまり、結局それは誰でもそうなのだが、自分以外の人の目は全てこちらに向かうことが出来、自分の目だけがこちらに向かうことが出来ない、というとこ…

<139>

途方に暮れていた人、終始途方に暮れ続けた人を笑えないと書いた、それは自分の似姿だ、いや、自分よりも自分自身であったのかもしれない。与えられたものに対して、こちらも積極的に答え(応え)を付与していく、何かを見出していくことこそ生きるという作…

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ないものをこねくり回す、それが嫌だと言ったって、もちろん程度の問題はあるだろうが、こねくり回せる確かなものというのはないのであって、ないものをそれなりに、こねくり回していくしかないのではないか(こねくり回すとすれば)、というのはまさに『か…

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困惑していると、ひとつポーンと投げてしまえば良いのではないだろうか? 食べ放題のように、元を取ろうと奮闘するものとして生が現れてきたことがないというか、そういうものに見えてきたことがない。折角とかの言葉と生がどうしても結びつかない(「折角生…

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今の現実を現実だと思わせない、あれは錯覚だったのだと思わせることでしか組み込むことが出来ない、これはまずいだろうと思うが、それは方法がまずいから方法さえ何とかすればという話ではなくて、そのまずさは根本条件であるから仕方がない。そうすると、…

<135>

電源ボタンを押すと、テレビだとか音楽プレイヤーだとかが一瞬で切れる、この寂しさ、現実感の物凄さというのはちょっとほかにない、一番現実らしい現実に思える。であるから、つまんないなあと、飽きたなあと点けているときに思っていた場合ですら、消すこ…

<134>

破れかぶれも、行き過ぎると普通になる(見える)、以前混乱の極まりを書いたことにも通じる。しかしまあ、「普通になる」というのは普通ではない訳で、「知ったこっちゃあない」と思いながら、何事もなかったかのように動いているのは正気の沙汰ではないの…