<272>

時の経つにつれ、間違いの数は少なくなっていくのかもしれないが、既に犯した間違いは、自分の中で段々に濃くなっていく。間違いの数が今になって少なくなってきたことなどまるで関係のないほどに。 何かに向かって人間が完成していくとするならば、それは間…

<271>

本当の~は、などという限定のつけ方はケチなもので、あまり好きでないと、何度か書いたことがあると思うが、どうしてそういう限定をつけたがるかと言えば、自分があるものに対して抱くイメージ(人生とは、天才とは等々)と全く逆のイメージを抱いていてそ…

<270>

結婚している人が高い評価を受けたり、恋人を作る、という言い方が当たり前に為されることの訳がようやく分かってきた。 つまり、人間の頭数を揃えることが社会にとっては最重要事項なのであり(貧困や劣悪な環境などがあったとしても、人がいれば国は成り立…

<269>

忘れられた家がある。それは、胸の中の夜を通して、街灯をひとつ揺らした。浴場の匂いが、ほんのひととき、悪事をさらっていき、佇む群衆の中で静寂を振り返らせる。目的を失った今でもなお暖かく、陽気さが顔を出すのを待っていた。 しかし、家は忘れられた…

<268>

草木と私と、ただ在るというだけのことで、どうしてここまで明暗が分かれるのか。それはひとえに、忙しないからだ。出不精な存在のどこが忙しないのか、いやいや、草木と比べれば違いは明らかだ。自分のポジションというものが定まったら、絶対に動かない(…

<267>

美しさでないものは深さを増した。萎れていくものの横で、色をも増やす。むろん、よりひとつの色が濃さを増しもしたのだった。美しさであるものの汚さを静かに見つめ、微かに笑いもしなかった。若いというのはどうにも頼りないことだった。身体がよく動くと…

<266>

効用がないもの、正確に言えば、「効用とかではないもの」について、支持したり、擁護に回ったりすることにはとてつもない難しさが付き纏うなあ、といつも思っている。 「どうしてそれが必要なのですか?」 「別になくてもいいのじゃないですか?」 という質…

<265>

何の返答もない空間で、黙って立っていることが出来ない、ただ座っていることが。最初から既に除け者であることの証拠として、これ以上のものはないではないか。答えなんて誰も必要としていない空間で、ただひとり、ただ一種類だけがそれを探している。尤も…

<264>

ただ在るということに対する恐怖や憎悪は相当なものになっている。私だって、最初から最期まで、ただ在るだけなんだ(中で何をやろうが)ということを意識して、怖ろしさを感じない訳はない。しかし、生き物なんだ、ただ在ることは他の何よりも自然なことで…

<263>

どこを追う、分別のつかない風が、丁寧に音だけを通し、雨は表を叩いた。吸収された空想は影になり、影だけになり、今や追う人はいない。二層三層の拘り、意味もなく震動を伝え、見つかるものはと言えば、だらけた動き、虚ろな集中。徐々に、明るくなること…

<262>

難解も繰り返されて、今度会う日の峠が徒に、夕暮れの到来を遅らせる。汽車は冷静に、あくまでも冷静に、夢を見ない夜を順々に辿り尽くす。ああ、鈍い響きを引きずって、ひとり、ふたり・・・。この夜に、歩みが僅かばかり足されることは一体何であろう。帰…

<261>

時々の説明は、理解のし難さだけを強化した。会場をスッと抜けていく姿を追いかけて、若者は足を速めたが、何も、逃れるというような有様ではなく、ただ家に帰るような足どりだったので、急ぐのをやめ、そのままついていった。途中、休憩なのか、公園のベン…

<260>

批判の急先鋒たる夫人は、不思議な夢を見た。あるいはそれは夢ではなく、誰かが直接語りかけているようでもあったのだが、むろんそれでも夢に違いなかった。何か大変良い印象を抱き、それが誰に向けてなのかは分からず、夢の常で、何を言われたのやら、起き…

<259>

店の前に立つと男は、顔をゆっくりと上下に動かし、小さな戸を引いた。いくつもの顔がこちらを見ている。喜怒哀楽はもちろんのこと、戸惑い、薄笑い、恥じ、癇癪などなど、種類は無数だ。 「どれにいたしましょう」 店の主人が、倦怠と憎悪の隙間から顔を覗…

<258>

案内人が先に立つ。一切こちらに目もくれないことで、残された時間が短いことを示していた。まさかその相手が私だとは・・・。大袈裟なリアクションに、彼我から違和が即座に差し込まれ、静まり切った時間に傾げた小首がなだれこむ。一羽の鳥は尋常な速さを…

<257>

人がいなくなるという感覚が稀薄で、自然に反応は淡泊になる。ただ、淡泊であるからといって、何も感じていない訳ではなく、よく考えたり思い出したりはしていて、もうよほどのことがなければ会うことはないという事実を承知しているにしろ、こうやって何ら…

<256>

風景であるための絵、材料の持ち合わせがない。存在しない壁のようにして浮遊する無色透明の塊は、執拗に筆に取り縋る。予定外の船舶は、風にやおら興奮をもたらし、なだめるような呼吸を為す、その灰白色。帰っていく素振りを見せつつ、波は行列を形成し、…

<255>

間違えられた囚人は、獄舎の中で森を食んだ。長たらしい沈黙の後で、靴音に似た音すら聴き取らない項垂れた拒否を、落胆の跡と見るのは当たらない。 勘違いの窓辺、看守は緩やかに己が捕らえられていくのを感ずる。そろそろと俯いた顔を覗き込み、まるで視線…

<254>

こういう人があったという。その人は一家の主。あるとき妻と娘共に誘拐に遭い、例に漏れず電話での脅迫を受けた。悪戯だと思ったか、どうしようもないことだとひとりで決め込んだか、理由は定かでないが、その人は犯人の要求の一切に応じず、警察にも連絡し…

<253>

繰り返しの道順が先に見えてしまうことに何か苦しさがある。実はその繰り返しの作業内容自体は大した苦しみも齎さないのだが、迎えたくないという訳でもないのだが。頭の中で先取りされることに苦しさはある。またちょっとしたら同じ場所に戻るのに、わざわ…

<252>

無表情がゆっくりと迫って来る。ぎこちなく笑った分だけ、何だよと言った分だけ追い込まれていくのを感じた。漸次変化、拡がったものは壁であり、鼻の腔は出入り口ではなかった。窒息した壁は休まるところを知らず、酩酊のタチ。千鳥足の渡る唇は、渇き、潤…

<251>

無駄なことに意味があるとか、価値のないものにこそ価値がある、という言説は、入り口としてはいいというか、伝わらない人に説明するために、仕方なく取らざるを得ないスタンスであることは確かであるから、そういうようなことを言っている人たちを否定的に…

<250>

よく殺到、盗賊の恐れ群れを成し、なしのつぶての好回廊。労働力不足の財産は明日に来し、軋るはずみの枝のその若葉。樺色の空に好しよく棟を見上げ、挙げ句の果ての横っ飛び二月。ツキのない人間に甚だしい大量の模造品用がなく、無くしても分からぬその有…

<249>

全身が砕かれることを意識した鳥、そんなものは存在しないのか?予定以上の速さに乗って、何ともないことを疑いたい。不可思議と緊張、それが常日頃の面持ちであり、そこに最悪の想像の影はない。盛り上がりつつ彎曲する両翼の、視界は木の尖端を触れ、一枝…

<248>

門を叩く。どうぞ、客であることを言わなければ、私は客ではないのだから。これから先も、これまでも主人が誰であるかということは言わなかった。招ばれてなくても来ることに何らの抵抗もない。むしろ驚きの表情の中には嬉しさが見え隠れして、何も出さない…

<247>

どこを見ているか分からない視線のことを話そう。そんなに覗き込むものではない。こちらを見ているものがある、が、同時に、こちらを見ていないものがあると、何故だか見られているという感じがしない。むろん、それは見ている方でもそうだ。対象をしかと捉…

<246>

ただ悪であることは難しい。自分が悪だということを語り、恥じること、そうです俺は悪いんですと開き直ること、またそれを外から客観的に眺めて、今私がやっているように淡々と、恥じもせず開き直りもせず、悪について書いていくこと、こういうことの全ては…

<245>

そうなれば良いと思っていることと、実際にそうなることとの間には随分と大きな溝がある。心の底では、本当はそんなこと願ってやしなかった、というのとはまた違う。本当にそうなれば良いと思っていたことが実現すると、何とも変な感じがするのだ。そうして…

<244>

どうにもならない太陽が、黙って捨てられた。火を強制しろ、道を照らせ。照らされたその表情の上を、静かに歩く。ぼくはその遠い遠いところから来るのを控えていた。遠慮することではないさ。朝が快適だと囁く、その声は高いところを渡って、いつまでも落ち…

<243>

ノックアウトされたピッチャーが、ベンチに帰ってグラブを投げつける。何だよ、お前が悪いんじゃないか、怒りたいのはこっちだよ、そんなことはピッチャーが一番よく分かっている。でも、どうにもならない。何でお前が怒っているんだよと言われても、その湧…

<242>

窺われさえしなければ不快な気が起こらなかったのに、と思うことは多い。また、窺って不快にさせてしまうことも。以前、こういうところが欠点だと当人から打ち明けられると、そんなところ今まで気にも留めていなかったのに、なんだかそこがその人のどうしよ…

<241>

余韻を長く感じられる身体が形成されていくにつれ、長時間の観賞にも堪えられるようになっていく。これにはやはり時間がかかって、個人差こそあれど、年配の人の方が長時間の観賞に比較的向いているのもこのためであるかと思われる。 というのも、綺麗さを掴…

<240>

絶対的におかしな人はいない。おかしさはいつも相対的である。何かある、ちょっと変なところを見つけると、 「あの人はおかしいんだよ」 とすぐ切り捨てる(親しみを込めての「お前おかしいなあー」ではなく)人がいるが、そういうのを聞くのが嫌で、何故そ…

<239>

何回も何回も既に見たところを通らなくていいよ、だってもう憶えているから・・・。不思議なことに、一言一句憶えていなくとも(それが為に何度も戻るのだから)、憶えていると感じるのだ。それは何を憶えたのだ? 感じか、ニュアンスか。つまり、内容を憶え…

<238>

自分がのめっていったのは、それにのめっていくことの効用を先に知っていたからではないだろう。のめっていかない人に対し、だからその効用を説いたりするのはちぐはぐなことだし、自分がのめっている対象にもそれは失礼なことになる。そんな、これにのめる…

<237>

格上の相手に対して接近した戦いを繰り広げ、しかしあと一歩というところで格上の相手が違いを見せつけ、踏ん張ると、さすがに気持ちが強いですねえ、そこの差がこういった場面で出てしまいます、と言う、本当にそうか? 単純に実力の差が細部で出ただけでは…

<236>

俺にはこれなんだ、と決めてぐいと踏み込むとき、良いか悪いかは別として、そこにはごまかしがある。では、踏み込まないで、いつまでも不決定の状態に在り、動かないでいることの中にはごまかしがないかと言えばそんなことはなく、それもそれでまたごまかし…

<235>

何ものかより大きかったり小さかったりすることによって何かが分かってくる訳でもないのだから、分かっている存在だったり、核となるものだったりを、すごく大きな(物理的に)ものに求めたり、小さなものに求めたりしてもしょうがないのだろう。地球全体を…

<234>

気持ちの強さ(これ自体が随分曖昧なものであるというような気がするけれど)がパフォーマンスの向上に繋がるということは確かにあるだろう。ただ、物事の結果を何でも気持ちに関係させたがる(便利で、そう片付けてしまえば分かりやすいから)こともまた多…

<233>

不参加を、向うからも表明され、こちらからも表明する。おや、おかしなことになった。誰からの招待だ? 招待がなかったそうな。きょとんとするより仕方がないじゃないか。間抜けな面を曝していると、周りで怒っていた人らもつられて、主催者の方はと、不機嫌…

<232>

闊達だ。塞がらない帽子、夜通し、見ておやり。毎夜々々のエンジンは、ポコッ。夢の扉、開けるまでもない前掛けの、まだとくとくと注ぐばかりは、常磐道。切り離し見る峠、小屋の整列、あれ言わんこっちゃない。もんどり打って頭取の、投げ縄に引っ掛かる、…

<231>

事実として厳しい、あるいは厳しいところもある、これは良いとして、厳しい経験を通過したことにより、知らず知らず自分からも厳しさの方へ余計に傾いていってしまう、寄せていってしまうことがあるが、これはいけないというか、勿体ない。厳しいという感覚…

<230>

塔女房、とは申せ。不気味な谷を渡り、愛用の螺旋階段を。ひたへひたへ、おのずから忘れるところを頼むその尋常の。クリーム色に溶かされたそばで、ひとまずスケッチ、とってキャッチどのように。あやまりて引く、どこへ引くもうすべすべのそこ引く、獰猛こ…

<229>

地面は薄氷なんだ。歩いている感じに拠る理解としてはそんなところだ。ところが、これがなかなか割れないから、自分が歩いているこの地面は薄氷でも何でもないのじゃないかと思わずにはいられなくなる、というより、誘惑に引きずられるという感じもないまま…

<228>

これをしたから当分大丈夫だ、ということは絶対にないのが難しさでありまた、異様な不思議さでもある。例えば、楽しみがあったり、何の不安もなかったり、ならば大丈夫だろうと自分も他人も思うのだが、ここにはどうにも繋がらないものがある。先に不安がな…

<227>

評価をしようとすると、一旦自身の流れは止まり、何かをぐいと無理やりに拵え上げるような動きを身体がまた取り始める。この一連は何度経過しても、やはり不自然だと感じる。肯定している(否定じゃない)のに、何かいつも失敗した、余計なことをしたという…

<226>

ここで例えば、ゆったりとした服を纏うと、骨がなくなる、というより、関節などが全てふわっとなったような感覚になり、いかようにも柔らかく動ける、腕なら腕全体が、緩やかな波を描けるようなものとして現れるのに対し(半袖だと厳しい)、身体のラインに…

<225>

次第に暑くなって来、半袖、半ズボンのような格好になるとよく思うのだが、胴体に対して、腕や足が長すぎるような感じがする。相対的に見て、背は高くないし、腕や足も、人より長いという感じでもないのだから奇妙だ。つまり主観だ。どうしようもなく長い感…

<224>

ただ放り出されているだけなのに、これは最低限しなきゃいけない、何かの為に生きなきゃいけない、それでないと価値がないと否定していくのはケチなやり方だ。放り出され、吸って吐いての運動を繰り返す存在は、他者からも自身からも近寄り難く、侵し難い、…

<223>

全然その人のそのことについてガッカリしたこともないし、むしろガッカリしたなどという感想を抱くことすら忘れていたぐらいなのに、その当人から、 「知ってると思うけど、俺本当こういうところが駄目でさあ・・・」 と言われてしまうと、途端にガッカリし…