2017-02-04から1日間の記事一覧

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鷗外は秀麿として書いたのだから、秀麿の動きとして考えた方がいいのかもしれない、全く分離して考えていくのもおかしいかもしれないが、『かのように』に留まるのは秀麿であって、鷗外は変化していたであろうから、この作品に拘る以上、秀麿として付き合っ…