<424>

留守に訪ねてくれ。理由は訊かないでくれたらいい。訪ねてくれれば充分だ。さあ、行った行った。どこを探さないでもいいんだ。予定も要らない。懸案も、約束もそう。そんなものは適当なところへ置いておけ。まさか、そこを行くのを見た、急いでそこを曲がる…

<423>

鈍たくなるその頭の中に、透明な何かがカラカラと、音を立てたいような気持ちで居り、いつの間にやら動きが固定されていることを知る。脱出だろうか。ここで大切になるのは、脱出だろうか? これ以上は何も考える気が起こらないし、だいいちそんな人間ではあ…

<422>

削り屑は考える。あまりにも、熱を持っていて、それを隠したいのかもしれない。削って、削っていれば、それは冷めるのだろうか。いや、落ち着かせようとして、そうするんじゃあない。おそらく温度とのズレを、ついていかない場所を、丁寧に、あるときは乱暴…

<421>

安易。さあ、安易なるもの、それは、私? 安易な本、安易な話、安易な関係性、 「安易だなあ」 と思いつつ、近づいて、手を伸ばす。思いのほか、影響を受け栄養を見て、馬鹿にならないものだなと思えば。 そう、安易は案外馬鹿にはならない。こういうものは…

<420>

習慣的なものであるとか、常識、ある種の教育がなければ、そしてそこへきて、 「観客であっても別に自由に、退場したいときはしてもいい」 という空気が当たり前にあったとしたら、誰ひとりとして観客席に座り続けていることはないのではないか、というのは…

<419>

延々とではないにしても、ある程度の連続した、まとまった時間、観客であるということ、そういう役割を受け容れられるということには、ちょっと尋常ではないところがある。そこで展開されるものがマズイ訳ではない、ただ、もう30分もしないうちにその固定…

<418>

苦しみ、日常些細事、不安、歓喜、通常の運動がいっしょくたになって、そのときどきで、色や形を変え続けているから、まともに目にすることをほぼ衝撃的に欲し、またあるときは直視を避けた。素直に覗かれるとき、そうだなあ、覗くなどという意識が排されて…

<417>

そのとき、何故か、私の声を、聞くとでも思ったのか、なあオイ。俺はひたすら呼んでいることをこのように考えているぞ。身体が呼び声のひとつになる。様子が違うかもしれないが、それは当たり前なんだ。一度たりとも見せないという約束と、その約束だけを胸…

<416>

完璧に良くはあれないと認識するところまではいいのだ。だが、個人的な話にしても、周りを見渡したときの話にしても、そこから、逆に開き直っていることが多すぎるのだ。良くはあれないのならもう開き直ってしまおうというのは、その中身こそ違えど、ポジシ…

<415>

自らの有り様が、不問に付される立場には、決して立たねえ方が良いやな。その立場が悪い訳でもなし、そこに立ったからといって堕落が始まるとも到底思えんが、それはまさに有り様の問題、どうありたいかというところにだけ関係してくるってえもんさ。 どちら…

<414>

禁欲的な態度、生活実践に、固有の辛さ苦しさは確かにあるだろうが、そういうものに対して、 「偉いね」 と言っている人を見かけると、それは少し違うかもしれないぞ、と思ってしまう。 第一に、思うさま欲望を解放した後の、言いようのない虚しさを回避出来…

<413>

どういったものなのかを把握したいという欲望の後ろに、しっかりと限定はついてきて、それは確かに仕事をするのだが、限定されたものとしての姿しかそこには現れないから、把握したいと願ったものそのものとはいかなくなっている。もちろん、そのものでない…

<412>

この男は、出口でひとり、説明不要のものと化していて、戸惑いを存分に回転させうるだけの場所となっている。また、それは決して理解不能のものではない。当人が、まさか、この態度を持て余している。しかし、それを感じさせないよう、力強く、ただ立ってい…

<411>

ここに、こうして、理由も何も、集まってくるなよ。起きたことの仕方のなさというのを、どこまで進めていったらいい? とても怖ろしいことを考えようとして、疲れて失敗に終わり、僅かに動揺させたままでいる。 ここに戻る、いや、ここに戻したいのだろう。…

<410>

「自分が正しいと思っている人」 を、批判しようとするのは別にいいのだが、自分が正しいとは思っていないつもりの人が、どれだけその正しいという考えから離れているかというと、実はそんなに離れていないのではないかという気がしてくる。語るそばから、記…

<409>

声に出すかどうか、迷っているように見えた。まあ、この人なら始めてくれるという考えが、そんなに大きく揺らぐ訳ではなかったが、どうも、周囲が必要以上に息を詰めていることを気にしている様子だった。誰かが何か、例えばひとつ咳払いをするんでも、ちょ…

<408>

他人は、どこまでも自分を含んだものとして在るとはどういうことだろうか。自分で見ているというのはそういうことだが、おそらく、自分を含まないその他人というものを見てみたいと思えば、何もかもを完全に見失うことになるだろう。目を瞑ってみたところで…

<407>

10歳の頃の内部を、技術を、上手く思い出せない。おそらく同様に、10歳頃の自分が、自分というものを延長した先に、今現在頃の自分というものを正確に思い描こうとしたとしても、それは上手く行かずに失敗に終わったことだろう。同じ人物の時間的な隔た…

<406>

もし悪人が、己の悪さ加減について弁明する機会を永遠に奪われるようなことになったとして、それは良心に責め苛まれている状態なんかよりも遥かにきつい状態に陥ったことを意味するだろう。自分が悪いという事実を、自慢風にであれ反省風にであれ、まるで語…

<405>

遠路はるばるやって来て、寸前だというのにもかかわらず、あら違うと思ってぷいっと帰っちゃう(どこで見た話だったか、未だに見つけ出せていないが)、これは、フットワークの軽さ、動きの自在さというだけではないかもしれない。では、この境地には一体何…

<404>

「俺が一番上手い」 と言った。それは、美学であるというよりほかなくて、というのも、それはどこまでも無用な追いこまれであるからだ。そんなことを言わずに謙虚に、また、謙虚とまではいかなくともただ普通にしていれば、余計なプレッシャーを、批難を、嘲…

<403>

整列した沈黙に、何かを感じていられるのであったら、そこは黙って、こちらも渡らなければならない。真面目な顔などというものは生みだすな。ただ、それは歩みに付随して、いかなるメッセージも発さないことに注力する。見分けのつかない、その道に臨む態度…

<402>

見ろ、閉じていく。明確に、正確に閉じていく。また、閉じさせないままでいる、その方法も知っている。そして、閉じないのなら、その方が遥かに良いということも。それだけが確認されていれば充分で、その方向だけが見据えられていれば充分で、後は、諦めの…

<401>

存在の常と、知ってか知らずか、その大きな損傷はやって来て、あるひとりの人間を、得体の知れない強さに変えてしまう。平等に見えることを拒絶して、強さは、いまや景色の全部になろうとしている。 見る者であるという言葉のなさ、当事者であるという全面的…

<400>

渡すべき人がいるのならともかく、後に残すことになる子供も誰もいないのに、沢山のお金を貯め込んだままで死んでしまう、これは、おかしさの、嘲笑の対象とされたり、批難の対象とされたりもするが、事はそんなに簡単ではない。笑われたり怒られたりすれば…

<399>

悲惨さを誤魔化すことで何事かを成立させようとするのは好ましくないという話に関連してくるのだが、医療、医学といったものの究極の理想は、 「人を、楽な状態へと持っていく」 というところへ置いておいた方がいいと思う。そんなことは当たり前のことじゃ…

<398>

模倣が、無意識の模倣が、そうして口をついて出る。 「知ったような口を利いてらあ!」 ドワッハッハ! その大きな笑い声たちにびっくりしながら、奇妙に別の空間に落ち込んだような気持ちで、違う、という言葉ひとつを全身の感慨に寄り添わせる。それは、抗…

<397>

満足かどうかと考えれば、もう今の時点で充分に満足だという気がするし、まだまだ足りないのだろうかと考えれば、やはりまだまだ足りないのであって、例えばその足りなさは、仮に私に数百年数千年という年数が与えられたところで、決して満たされない類のも…

<396>

『独りで生きていく可能性の方に賭けろ、全生命を賭けろ、と言われたからそのようにしたら上手く行かなかった。騙された』 と言っている人を見かけると、ああ、可能性に賭けろと言った人たちの真意は、この人には何にも伝わらなかったのだな、と思ってしまう…

<395>

景色が不適当に映ったことなど、かつて一度もなかったが、この有様はどうだ? 私がもう少し気取ったらいいのか? 気取らないことの反応として適当なものがこの、景色らしくもないものなのか? これに、添えるものはあるのか。いやあ、せいぜいが眩しいと言っ…