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どこの誰だか分からない男と目が合った、座っている、しかしどこにいるのか分からない。飲み込まれないためには中心に向かわなければならない、しかし、中心に至るまでの道は厳しい、何より流れが急だ、遠ざかるのは脱落への道ではない、より大きな流れに巻…

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何かの立場に立って語ることはつまりパターンの習得だから、習得の早い遅いはあれど、それ自体は別に特別凄いことでもない、考えることとも逆の作業だ。何にも分かっていなくともスラスラと延々に喋ることが出来る。そういうパターンの習得(それはどこに行…

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荒さと無関心、というよりは深い落着き、そういうものの同居する中で、普段は全く荒さの影響というものが感じられないところから(あるにはあるのだけれど)、何処まで行っても何があっても、項垂れるにせよ、激流に飲み込まれずにいられる、というよりそん…

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気付かない方が遠くまで歩ける、でも全く気付かない訳にはいかない、歩けなくなってしまう。であるから、気付かないでいるという「意識」を持たなければならない。それは、何か靄のなかにいるような気持ちだ、歩いていることが不思議になる、いや、歩いてい…

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よく見るということは即ち、内容を失って穴になるまでに見るということであって、判断をすることではない、判断とは根本的に異なるものであると思っている。 「よく見なさい」 と言うとき、それは判断を誤るんじゃあないよという意味で使われていることが多…

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私が無いというのは、自分を後にして他人に尽くすという話とは関係のないような気がしている。尤も、これは実感であって、昔の仏教の考えなどがそのような利他を指して無私(あるいは無我? 別物?)と呼んでいたのではないのではないか、と言いたい訳ではな…

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大きな声を出す場所がない、別に出したっていいのだろうが、結果迷惑になり、不必要に他人を怯えさせることになるのは間違いない、声を張り上げるのも好きではなかったし、 「もっと声を出せ」 としょっちゅう言われているぐらいのもんだったから、まさかと…

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途方に暮れる、結果的にずっとそうしていたと、大きな声で笑われている人がいたとしても、私はその人を笑えない、外形的な違いを装っていたからといって、途方に暮れる人でなかったと胸を張るつもりもなければ、張れやしない、自分がそうではなかったなんて…

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それがカウンターパンチ、バランスを取るための姿勢であることは分かるのだが、普通に生きている人が一番だよと、特殊な立場に居ながら言ってしまうことの格好悪さ(必要に応じて「俺には普通は無理だからさ」と添えてみたりもする格好悪さ)はちょっと見る…

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この野郎っ、腹が立つなあしかしあれはどうなっていたんだっけ・・・帰ったら何を食べようかな、いや許せんな本当に、というように、様々な意識が何の脈絡もないまま入れ替わり立ち替わりすることの方が多く、激しく怒りを覚えるようなことがあっても、その…

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帰るときに衒いがあってはいけない、それから、すぐ帰る奴だからあいつはと思われてなくてはいけませんよ、何ということなどを言っていた気がしたのをハッと思い出したのは、あの人が二度と帰らないような雰囲気でそこを出ていったからだった。じゃ、行って…

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後悔の言葉、懺悔の素振りすら見せない、とんでもない奴だ、きっともうとっくに忘れているんだろう・・・。そうかもしれない、大方忘れているのかも、しかし、そういった告白が歓喜と密接であることを意識し、努めてやらないようにしている場合もあるとは思…

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それが一般的に愚かさの証とされることが分かっていても、自分が納得していない限り、あるいはぼーんと突然(無理やりにではなく)分からせられるときが来るまでは、賢明なフリをしないこと、分かったフリをしないこと、いつまでも納得出来ない、考えに考え…

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動揺する、それは確信の身振りであり、確信の内容ではない。他者にしか見られないことにも驚くし、他者にその身振りが見えていることにも驚く、つまり確信の身振りを意図することも出来れば、勝手に読み取ることも出来るといった具合、内容がないのだぞと説…

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何の判断もつかない、何も分からないと言って、何かが浮上してくることを期待していやしないか、まあいい、取りこぼしの問題、別に解決しなければならないものの類であるかどうかは知らないけれども、それ自体曖昧なもので論が進められるもどかしさ、曰く才…

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美意識はその内に排除を含むのではないか、ということを以前書いたが、倫理観にしたところでそうで、極めて倫理的であろうとする努力はどうしても攻撃的なものをその中に宿らせてしまう。こうであらねばならない、こういうことをしていてはいけない、こうい…

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焦る、それは時間がないという意識からだろうと思われるが(むろん、ここでのそれは、時間というものはないのではないかと直観する、あるいは疑いを持っているという意味での「時間がない」ではない。もしそれを持っていれば、焦りはしないだろう)、それだ…

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ただの存在だ、ただの動きだということが強く意識せられるようになってからというもの、意味を見出そうとする問いは、ポジティブなものであれネガティブなものであれ、全てが失敗に終わるよりほかないのではないかという気がしてきている。「一体私は何の為…

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死んだように映るのではなく、死んだように映すという要請があるということ、つまり、訳も分からず存在してしまっている者が、訳も分からず存在してしまっている仲間を死んだような存在と判定することの訳の分からなさから出発しているのだが、こういうとき…

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こうと決めたらそれに一直線だもんね、そうか、こうと決めたならそれに一直線、そんなことは思ってもみなかった、というより、別段意識してみたこともなかったが、なるほど確かに言われてみればそうなのかもしれない、嬉しかった、大事なところ、核となると…

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人が生活する様を想像しようとする、人が動いて、何を食べ、そして語り・・・。何も分からない、情報がないのか、いや、生活は想像させない、そんなことがあるか、私の想像力が足りないだけではないか。そのまま生活に流れ込んで、自明の理以前の次元であっ…

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自分だけが良ければいいのか、というその、自分だけが良ければいいという状態(心の状態も、具体的な状況も含めて)がよく分からなかったりする。自分だけが良い状態というのを想定しようとしても、何だか全体の景色がぼんやりとしてきて、よく見えないし掴…

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すぐ得体の知れないと言いたがる、異様である、そうかそうか、しかし冷静になって、ふと辺りを見回してみたときに異様でないものがただのひとつだってあるのか、物語にそぐうていなくともちゃんと揺れ動く、それは当たり前のことであって、そういう、物語か…

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不決定は姿勢、態度ではない、いや、態度ではあり得ない、だから困るというか難しいのだが、不決定でいようとすればそれは即決定になる、不決定でいようと決定してしまう、それは不決定ではない。であるから懐疑派というのも変な表現だ。 「果たしてそうであ…

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同じ振る舞いでも、果たしてどちらなのかが分からない、それは傍から見ている他人が分からないだけでなく、当人も分からない、そういうことが、例えば、決して言い返さない、汚い言葉に汚い言葉で返さない、黙している、それは美徳といえば美徳だし当人だっ…

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結局、あの人は何を好いていただろう、その、何を好いているか分からない存在というのが妙に現実的で、やたらにくっきりとして、答えを返さなければならないのは果たして私か否か、イラストか、それは別の人だった、それも訊いてみて、いや、言われてみて初…

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この私、というものに囚われていてはまだまだだ、という話は分かるが、この私、というものにもう囚われていないと勝手に考えるのはまたそれでいけない、自分の問題などからは去った、自分などはもうどうでもよくて、もっと広く広く見ることが出来ていると考…

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帰る、ということなど特別意識していないような様子で、帰らなければならない、ああ、帰ったね、あれ・・・帰ったよ? あらまずいじゃないと、しばらくの間を置いてから気づかれるような、そんな自然さで、帰ったらまずいかなあとか、よし、ここはもう帰って…

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記号とはラベルだ、いち早く辿り着くためにはとても便利なものだ、しかし、ラベルの一致によってそこに来たことを知覚するのではない、ぽっかりと開いた穴、そこに落ち込んで、同じ場所であったことに気がつくのである、だから厳密に言えば記号はいらない、…

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鷗外は秀麿として書いたのだから、秀麿の動きとして考えた方がいいのかもしれない、全く分離して考えていくのもおかしいかもしれないが、『かのように』に留まるのは秀麿であって、鷗外は変化していたであろうから、この作品に拘る以上、秀麿として付き合っ…

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全く信じていない、あるいはその意味を全く理解していないものでも、他人が熱心に、というより当たり前のものとしていれば、別にそれを乱すつもりはないし、どうしても破らないではいられないという訳ではないから、従っている、その破綻を明らかに示すよう…

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飛翔する鳥を見て、自身と混ぜ合わせることはない、ああなれたらと思うようなことも、あまりない。しかし、浮遊を受け取り、何かしらの離脱を受け取る、そういうことはあるのではないか、自信に溢れていなくとも、自信に後押しされているような力強さで、枯…

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あるべき理想の状態はこうだ、例えば愛がある、愛を解して、愛に溢れて、それが備わっていない人間には欠陥がある、それが分からない人間はダメだ、と、理想の状態、完璧な状態を想定してから現実の人間を減点で見る、そうやって理想で人をほじくり回すやり…

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持っているもの、これでもかという程の拒絶、一転して示す嫌悪感、こういうものを経て異常に昂奮し、それが根源的な性質、所有であるか否かは別として(そういった思い込みである可能性も高い)、それが密接であることで明らかになる成就への不向き、そして…

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境界を踊った、怖ろしさと甘ったるさを一身に背負い、私がいきなり動きを止めてしまっても、驚きもしなければこちらをちらと見もしない、贅沢だ、彼らは言う、そうだ私がだ、移ろう影がそもそもの初めから悲嘆を描き出していたのか、徐々に変わってきたのか…

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逃走していく、必ずこうやって通っていく方法があるんだ、それを勝手に借りもし、また、別のところで独自に見つけもし、何かから逃走していると考えてはいけない、逃走は逃走の為にあり、そうでないと、何かからの逃走では行き止まりに向かって走っているこ…

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気がついたらいつの間にか、大分拡がっていたりいくらも積み重なっていることと、虚しいというのは交差するにはするかもしれないが、あまり関係のないことなのかもしれない、つまり、どうせ虚しいのになぜ積み上げられる?というのは問い方が間違っている可…

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きりきりと速度を増し、いよいよ高まる拒否の念をどうすることも出来ない。愚かさに耐えられないのだ。ふざけた、可愛さを持つ馬鹿げた話ならば楽しい、が、愚劣、勘弁のならないような話、意地の悪い喋り、意地の悪い探り、自分がそういうものから免れてい…

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用の論理がこれだけ密接なことにイライラする。意味なんてないんだ、という語り方をしなければならない、これは不本意だ。虚しいこと、特に遊びが即ち虚しさでもあることなどハッキリと知覚していながら、何と虚しいのだろう、と感じることがある、これも不…

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説明して整理して説明して整理して、コイツはこういうんだ、どうだい、そうだろう? まあ一杯やらねえかい?ってなもんでね、どうやらそうだ、あそこでも顔を出したろう? そりゃそうさ、顔を出していないってことの意味が解らねえや、あんたをちゃんと紹介…

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何かを経験しているという感じの稀薄さ、経験自体が稀薄なのではない、というよりそれが濃い経験であろうが薄い経験であろうが、どうにも私のものとは思えないという、流れを見させられているだけというのともまた違う、実際に今何かをしている、そのときは…

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一言も発せられない、疑ってみる運動が全部ポーズではないと私は言い切れるだろうか、普段正しいとか正しくないとかの領域で何事も考えてはいない、と思っているが、一見関係のなさそうに見える話でさえ、正しくないかもと思いながら言葉を発し続けることは…

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一番小さな世界に合わせなさい、各々が自由な時間に大きな拡がりの中で動いている、それはよろしい、しかし一番小さいところに合わせる術を持っていなければいけません、これはしんどいのが当たり前で、だから上手く付き合いながらなるべくそこには長居しな…

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人物について間違うというのはあり得ないことではないだろうか、それはつまり当たるということもないのだ、ということを付け加える必要が生じるが。人物判断も正確に出来ないなんて、といくら言われようと、決して判断などはつかないのだから、人物を判断し…

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時間というのは現在だけに関わりのあるものではないか、1秒前の自分が既に過去のものとなる、という考えを疑いもなく容れてきてしまったが、流れ、変化するという事実と、同一平面上(球面上か?)に在り続けるということを一緒に考えるのが難しい。変化の…

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活動志向や停滞、閉塞志向は身体のものであって、思考ではないのではないか、むろん、思考も身体から来るのだが、この意味は、身体そのものがそういう動きを初めから持っているということである。つまり私にはそのどちらかに親密さ、反発を感じたり、両方を…

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虚しいからしんどいというのは幾分怪しいのではないか、しんどさを感ずるときにそのように表現するのが便利なだけで、どうもそんなことには関係がないような気がしている、つまり何の価値もない、それは価値というものがあると考えて初めて実現する嘆きであ…

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良いということがまず初めにある、どうやって感じているのかは分からないが、ともかくも良いと感じられるという事実があって、対象が難しかったり易しかったりするというのは、別にそれほど問題ではない。良いと感じ得たものがたまたま易しいものであったか…

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つまり過去や未来というものに考えを巡らせたときのあの苦さ、それは、記憶や想像される絵によって喚起されるのではなく、過去や未来という言葉にある違和感、この場にまるでそぐわない感じから来るのではないか。ないものに振り回されて酔っ払っている、全…

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過去や未来というものと、時間をいっしょくたにして考えることには無理があるのかもしれない。違う場所だったら決して見つかることのなかったものが、次々に見つかること、空間の重なりという考えが否定される。呼吸をどう考えたらいい? 膨らんではヘコんで…