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経済の順位、追った先に何がある?

 養老孟司さんは、著書「バカの壁」のなかで、ホームレスの人を引き合いに出してこういうことを言っています。

『なぜ戦後の日本人が必死で働いたかというと、この「働かなくても食える」という状態になりたかったからです。ところが、戦後五十年以上経った今、今度はテレビで「失業問題が深刻だ」とか何とかやっている。誰も飢え死にしないで食っているにもかかわらず、です。』

 

 戦後、猛然と経済成長を追いかけてきて、「働かなくても食える」という理想を目指した結果、本当に「働かなくても食える」人達が一定数(私も含め 笑)出現し始めた訳です。

 いわば、戦後に打ち立てた目標を達成しつつあるということですが、現実の社会では、この事実をほとんど誰も喜んで受け入れていない。むしろ、

「働かないで何やっているんだ!」

「ちゃんと働け!」

といって怒っていたり、ひどい場合には、ホームレスの人たちの仮住まいを邪魔だと言って無理やり撤去したりしている訳です。

 つまり、戦後、脇目も振らず額に汗して働いていた人達が思い描いていた「働かなくても食える」という理想社会は、今見返してみると決して理想的とは言えないものだったということです。多くの人が、働かないでやっていける人達に対して文句を言っている訳ですから。

 まあ、納得のいかないものは仕方ありません(無理やり仮住まいを撤去したりするのはどうかと思いますが)。いくら「戦後に思い描いていた理想社会を実現させつつあるじゃないか。」と詰め寄ったところで、そういう人は感情がついてこないのだからしょうがない。

 

 問題は、なお、しゃかりきに国民を働かせて、経済の順位を追っていることです。中国に抜かされて3位になった、いやそれでもまだ3位ですよ、まだまだ、と。良いことですよ国が豊かなのは。貧乏を望んでいる訳じゃありません。 

 ただ、暇を惜しんで働き、経済成長を猛然と追いかけた先に、理想社会ってあったんですか?ということです。身を粉にして働いた結果としての「働かなくても食える」人達の出現を喜べたんですか?喜べなかったんじゃないんですか?

 では何故それでも経済の順位を追うのか。国民の暇と体力を削って疲弊させてまで得る豊かさの先には何があるんでしょう。

 

 そういうことを疑問に思っています。

もしこの先「いや、それでも順位は追わざるをえないのよ」という理由みたいなものを見つけられたら、改めて書きたいと思います。