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しっかりしてしまうのは気が小さいから

 またもや、疑問と怒り続きの話になりますが、

「何故そこまで正直に、態度に表せるのだろう」

と、私なぞは思ってしまうことがあります。というのも、具合が悪いのか気分が悪いのかは知りませんが、会話を始めようとしたときに、私が何をしたわけでもないのに、

「今調子悪いんだよ」

というのを、口には出さずに態度にはっきりと出す人がいるのです。

 この場合、私なら、たとい調子が悪かったり気分が悪かったりしたとしても、相手に嫌な思いをさせちゃいけないから、とりあえず明るく対応し、それでも相手に、

「何か嫌なことあった?」

と感づかれたならば、

「はい、実は・・・」

と言って、明るく対応しきれない理由を正直に話すようにします(とりあえず無理して明るく対応するから、何かと溜めこむのだと言われれば、そうかもしれません 笑)。

 しかし正直に態度に表す人には、そんな気遣いは微塵もありません。おそらく、自分が今嫌な気分なんだから、相手が私の態度によって嫌な思いをしているかどうかは二の次だという考え方なのでしょう(そんなことを考えてすらいないかもしれません)。

 私からしてみれば、何で平気でそういった嫌な態度をとれるのかということが疑問だったので、少し考えてみたのですが、つまるところそれは、

「私の気が小さい」

のだというところへと帰結しました・・・(笑)。

 自分が嫌な気分の時に、その気分のまま、ぶっきらぼうな態度で接することが出来るのは、「気が大きい」からこそだと思うのです。「気が小さい」人間はそんなことできません。もし、気分に任せてぶっきらぼうな態度を取ってしまったときに、

「おい、お前のその態度は何だ! 俺が何かしたっていうのか!」

というような形で、相手を怒らせてしまったらどうしようとついつい考えてしまい、その結果、嫌な気分の時でも、しっかりと応対してしまうのです。

 では、

「たとい嫌な気分の時でも、しっかり応対してしまう自分は気が小せえなあ・・・」

と考えているなら、「気が大きい」人間になりたいと思っているだろうというと、そうでもなくて、

「ああいう無神経な人間にはなりたくねえ」

と常日頃から思っています(笑)。

 気が小さいことで、たしかに自分の事を「情けねえ」と思うことはありますが、無神経になるよりはマシです(笑)。