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子は強い それ故、加減を知らなければならない~反抗期の重要性~

 「子どもというのは親の庇護下にある弱い存在で、立場的にも物凄く弱い位置に立たされている」

というのは、肉体的・経済的側面からみれば、確かにその通りと言えるかもしれません。しかし、肉体的要素や経済的要素など、外に映るものだけを見ると、一方的に子どもが弱い存在のように思えるかもしれませんが、こと内面的・精神的な領域の問題に関しますと、圧倒的に子どもの方が強いだろうというように思います。

 それは何故かというと、子どもには、

「了解もなく勝手にこの世に送り出された」

という強力なカードがあるからです。このカードを出されたとき、つまり親が子どもに、

「あなた方が勝手に産んだんじゃないか。私は、生まれることを望んでいやしなかった。」

と言われたとき、親には返す言葉がないのです。子どもは、全く相手(親)に反論を許さないカードを握っているのです。

 ですから、子どもというのは、外見に映るイメージとは大きく異なり、物凄く強い存在だということが言えると思っています。

 そして、それが故に、子どもの方から親を許していかなければならないというように思っています。また、今はまだ、よほど許せないと思うにしても、強力なカードで親を追い詰めるような事はしてはならないというようにも思います。何故なら、反論の余地のないカードで相手を攻撃するのは卑怯だからです。

 ただ、そうは言っても、確かな怒りとして「理不尽じゃないか」という思いは残り続けるし、だからといって、強力なカードを使って必要以上に追い込むのもまた卑怯だし・・・、というような板ばさみが、誰にでも起こりえると思います。

 私は、この板挟みの気持ちを上手く処理する期間というのが「反抗期」なのではないかと思いました。つまり、

「何だか親は絶対者であるかのように偉そうにしてるけど、結局は、私がこの家に置いてくださいと頼んだ訳ではなくて、あなたたちの都合で勝手に産んだんじゃないか」

ということに気づいて怒りを覚えて暴れ、そしてその後、

「ああ、このことで暴れることはほぼ無限に出来るのだなあ。そして親はこれに対してしっかりした反論を用意する余地がないのだ」

ということに気づいて、次第に暴れなくなっていく、という経過をたどる反抗期が、板挟みの気持ちの処理の為に物凄く重要な役割を果たしているような気がするのです。

 私の場合は、本来なら反抗期が来るべき時期に反抗期が来なくて(親に反抗したら、何をされるか分からないと思っていましたから)、別に来ないなら来ないでも大丈夫だというように思っていたのですが、前述したように、反抗期がないと、誕生にたいして理不尽だと思う怒りを処理する期間がないので、後で困るのだな、というように考えて、認識を改めました。まさに私は、ここ何カ月かで反抗期が来なかった揺り戻しを受けていて、必死に処理し終えようとしているところです。