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「それは私にも分からない」と言ってくれた方が信用できる

 スポーツ中継を見ていると、実況のアナウンサーが解説者に向かって、

「それは答えられないだろ」

と思えるような質問を投げかけていることがあります。そういうとき、解説者は、

「それは私にも分かりません」

とはっきり答えたら良いものを、真面目さ故か、専門の人間として「分からない」と言ってはいけないという意識の為か、

「そうですねーこれは・・・」

と、明らかに何も浮かんでいないのに、苦し紛れに何だか良く分からない解説を付け足し、そのために、見ているこちらは、何の解説も無い場合に比べて余計に混乱するというようなことがあります。

 これは何もスポーツ中継に限らず、専門家が出てくる場面の全てでそうなのですが、

「専門という看板を背負っている人」

は、まるで、「分からない」と発言することを禁止されているかのように、全ての質問に対して、それがもはや専門の領域と関係ないところに及んでも、とにかく何がしかの答えを用意しようとしているように見えます。

 熱意は伝わるのですが、そういう姿勢を見ていて私は、

「一生懸命で真面目なのは分かるんだけれども、分からないこと(領域)っていうのは、どんなに知識を蓄えている人にも存在するし、分からないものは分からないとハッキリ言ってくれた方が、答えになっていない答えを出されるよりも、信用できるんだけどなあ」

ということを思うのでした。信用に足る存在であることを見せるために、何でもかんでも答えようという姿勢が、逆にその人の信用度を下げてしまっているように思えるのです。いくら、それなりの答えを装っても、素人の目から見て、

「ああ、この人はよく分かっていないまま、何か答えなきゃと思って無理に喋っているなあ」

というのは意外とハッキリ分かってしまうものです。