横断歩道

 平日の昼前、車を運転している。交差点の所にさしかかると、信号が赤に変わったため、一旦停車する。車、人、ともに往来は激しくない。

 信号が青に変わった。左へとカーブを切り、横断歩道を横切ろうとする。しかし、向こうから、一人の男性がこちらへ向かって横断歩道を渡ってくるのが見えた。

 どうしようか。左折するための後続車が控えている訳でもないので、男性が歩いて横断歩道を渡りきるのを待つことは造作もないことだ。ただ、男性はまだ今のところ、横断歩道中程にある中央分離帯の向こうを歩いているので、今私が左折したとしても全く何の問題もないという状況だ。

 私はここで良心を発揮して、男性が渡るのを待ってから左折することにした。特に急いでいる訳でもないので、男性が渡るのを待ったって良いだろう。何にせよ、人に先を譲るというのは気分が良いものだ。

 男性は中央分離帯にさしかかったあたりで、私の車が停車しているのを確認し、少し戸惑ったような表情を浮かべながら、あまり車を長く待たせてはいけないと思ったのか、車に向かって目礼をしながら、小走りで横断歩道を駆け抜けて行った。

 近頃は手荒な運転をする人も増えているので、私のような、歩行者に先を譲らせるなんていう人は珍しくなっているのかもしれない。それで男性も戸惑っていたのだろう。今日は良いことをした・・・。

 

 

 平日の昼前、家に帰るため歩いている。交差点のところにさしかかると、信号が赤に変わったため、一旦立ち止まる。人、車、ともに往来は激しくない。

 信号が青に変わった。横断歩道を渡り始めると、真向かいの車が、左折するためにウインカーを出しているのが見えた。

 あの車は、左折するとなると、今私が渡っている横断歩道を横切ることになる。しかし、この横断歩道は、真ん中に中央分離帯があるほどの、距離が長い横断歩道だ。私は今中央分離帯を境にして手前側に居り、車は中央分離帯を境に奥側にいる。きっとすぐに左折して行ってしまうだろうから、特に気にする必要もない。

 しかし、何故だか車は、さっさと横断歩道を横切らずに、まるで誰かを先に渡らせるつもりであるかのように、横断歩道の手前で一時停車している。一体誰を待っているのだろう。間違っても私ではないはずだ。何故なら、私と車との間には相当な距離があり、車はさっさと曲がってしまえる状況にあるからだ。だが、辺りを見渡しても、私以外に横断歩道を渡ろうとしている人影は見当たらないし、私を追い抜いていくような勢いで自転車が走ってくる気配もない。

 きっと誰か別の人を待っているに違いないという思いは、中央分離帯にさしかかった辺りで失われた。その車の運転手は私に向かって微笑みかけている。私を待っていたのだ。別に待つ必要がないほどの距離が開いていたのに、何故待っているのかを聞く訳にもいかず、たといありがた迷惑であったとしても、親切で止まってくれている相手を責めるわけにもいかず、車に目礼しながら、小走りで横断歩道を駆け抜けた。

 あの車は、あそこで待っていて、何がしたかったのだろう。私は、走る必要がなかったのに、気を使って走らざるをえなかったし、相手だって、待つ必要のない時間を無駄に待つことになって、双方にとって損しかなかったはずだ。今日は変な車に遭った。