読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「複数の相手が好きなのは誠実ではない」という話がどうにも解せない

結婚など

 私は、異性のことを好ましく思うことはあるが、対象がただ1人に向かって絞られていくということがない。つまり、世で言うところの、

「一途」

ではないのだ。別にそれ自体は良いのだが、世の中の方で、

「一途」

こそ誠実であり、

複数の対象に好意が向く」

のは誠実ではないとされていることには不満がある。

 そして、今でこそこのように明確な不満を持っているが、以前は、あまりにも、

複数に好意が向くのは、本気ではなく遊びのつもりだからだ」

という「世間での当たり前」に押され過ぎて、それに反発して不満を持つことはせず、

「私はいわゆるところの遊び人なのか・・・?」

と思い込み、実際のところはそうでもないのに、無理やり、

「遊び人」

というキャラクターの方へ自分を寄せていくような行動、言動をしていた。

 しかし、根が遊び人ではなかったので当たり前だが、そのキャラクターには違和感しか感じられなかった。

 ここまで書いてきたところでもって分かるのは、少なくとも私は、

複数の対象に好意が向くけれども、遊び人的気質は持ち合わせていない」

ということだ。だから、

複数の対象に好意が向く=遊び人、チャラチャラしている、誠実ではない」

という図式は、私に限って言えば当てはまらない。

 それに、何故好意がただ1人にだけ向いているという事実だけで、それが誠実だというところに繋がるのかが、さっぱり分からない。

「好意がただ1人に向いているんだから、きっとあの人は誠実なんだろう」

と、何の根拠もないまま、勝手にそう見做しているだけではないのだろうか。

「たった1人のことを好きな人」

の方が、

「2人以上を同時に好きになっている人」

より誠実なのだと、どうやったら説明できるだろう。もしかしたら、ただ1人に向かっているというだけで、その人は大方遊びのつもりでいる可能性だって大いにあり得るのではないだろうか。他にも、例えば、

「遊びの気持ち半分、それなりに好意は持っているのが半分」

という具合でたった1人に向かっている人と、

複数のどの人に対しても、ちゃんと好意を向けている人」

では、後者の方が誠実と言えるのではないだろうか。それでも前者が「一途」だから、前者の方が誠実だという話になるのだろうか。

 上記ではあえて「複数に好意が向いている人」を有利な条件下においたが、全く条件が同じであっても、つまり、

「たった1人にちゃんと好意を向けている人」

と、

複数のどの人に対してもちゃんと好意を向けている人」

とで、お互いの誠実さに差があると理屈でもって説明することが出来るだろうか。私は出来ないと思う。出来る人がいたらちゃんと説明してほしい。

 よく、

「普通は、1人の人間を本気で好いていたら、他に気が向くはずがない」

というようなことが反論として用意されるが、はたしてこの場合の「普通」とは何だろう。世間での常識だろうか。当たり前のことだが、世間の常識は全ての人間の考え方を汲んでいる訳ではない。

 そうすると、人々の中には、少数派かもしれないが、

「どの人に対しても、本気で好意を向けられる人」

が存在してもおかしくは無いのではないか。