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私は誰と喋っているんだ

 これはよく、中学・高校時代に疑問に思っていたことだが、何故、5~6人程度で輪になって会話をしている時は、とてもスラスラと軽快に喋っているのに、誰かと2人きりになった途端、急に喋りが拙くなる人がいるのだろうか。

 反対に、私などは、仲の良い友達5~6人で集まって会話をしている時は、何だか少し話しづらいような感覚を覚えるのに、こと2人きりで会話(ないしは対話)をするとなると、途端に話しやすくなるというような感覚を覚えていたが、それは何故なのだろうか。

 一体、この違いを生みだしているものは何なのか。確かなことは分からないが、私の感覚に寄せてこのことを考えてみるに、おそらく、

「集団で輪になっているときには、集団内の論理、空気、ノリ、そして、その集団内で話されるお決まりの話題などがあるので、個人個人はそれに乗っかっていれば良く、ことさらに自分を出す必要もない。反対に、1対1の会話となると、どうしても個人というものが、引っ込めようとしても前面に浮き上がってくる。」

という違いが、集団内での会話と、1対1での会話(または対話)にはあり、そうすると当然、前者を得意とする人、後者を得意とする人とが出てくるが故に、集団の中では何故か話しづらかったり、はたまた、1対1の状況では何故か話しづらかったりという違いが、人々の中に出てきているのかもしれない。

 そして、上述のように、私は1対1での会話(ないしは対話)の方が得意なのだが、では何故そちらの方が得意なのか。えてして、得意なものというのは何故得意なのかが分かりにくいので、苦手な方を見てみる。何故、私は集団内での会話が苦手なのだろう。

 おそらく、集団内での会話というのは、前述したとおり、その集団内での論理、空気、ノリのような、

「個人のものではない何か」

がその場の優位を占めていて、私は、そのなかで喋っていると、

「はて、私は一体誰と喋っているのだろう・・・」

というような感覚に陥り、何か、個人というものが前に出てこないところで、人ではない何ものかを相手に喋っているような気がして、それが気になって会話に集中できないから、集団内での会話というのが苦手なのだろう。

 ということは、1対1での会話(ないしは対話)が苦手な人は、

「私は今、個人対個人で喋っている」

という状況に置かれることが苦手なのだろう。それは空気、ノリのなかで喋ることの方が、個人を持ちださなくて気楽だからというところに起因するのだろうか。そこらへんは良く分からないが、そういう人はとにかく、個人というものが奥に引っ込んでいる方が喋りやすいのだ。