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「社会的正常性」というグロテスクさを薄めるための装い

 ある人が意図的に、つまりはわざと突飛な言動、行動を取っていることが分かると、

「あの人は痛々しい」

だとか、

「普通の人間のくせして変人を気取っていやがる」

だとかの評価を下されることがある。自己の正常性を嫌悪してか、はたまた飽き飽きしてか、わざと異常に見せることによって満足を得ようとしているのだあいつは、という評価である。

 確かに、そういう側面もあるのかもしれないが、変人を装って自己を満足させるのは、

「自己の正常性に嫌気が差したため」

というより、

「自己に内在する社会的正常さというグロテスクに嫌気が差したため」

という方がより近いような気がしている。つまり、

「正常からの逃避」

としての奇行ではなく、

「異常からの逃避、あるいは異常に対して別の異常を打ち立てて、内在する異常を薄める」

ためとしての装いが変人気取りだと思うのだ。正常から逃走したいのではない。唯一無二であるはずの自己が、

「社会的な正常さ」

を、しっかりと自身の内部に蓄えられているという、その異常さから逃げ出したいのだ。そのための精一杯の演技が奇行であり、変人気取りだと私は思う。