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脅し得たとて

 腕力、体格、圧倒的な年齢差を前に、脅されるがままに脅されたひとりの少年の許、すうーっと女が立ち現われたのやらどうやら。

 とにかくにも、少年の耳にはぼんやりとした音声が響き渡った。

「いいですか、脅されて怖かったことでしょう。そうしてだんだん恐怖も落ち着いてきたときに、それに代わるように屈辱を糧にした怒りが沸々と湧き上がってくるのも時間の問題です。そうです、怒って当然なのです。そしてあなたは、出来ることならいつの日にか、あいつを自分の前に跪かせ、黙らせてやりたいと思うことでしょう。しかしいいですか、脅し返してはいけません。怒りを持っていればこそ、冷静に、毅然とした対応で振舞えるよう努めなさい。

 何故脅し返してはいけないのか。あなたは疑問に思うことでしょう。無理もありません。たった今脅されたばかりで、これ以上の恐怖はないと思っているところでしょうから。しかし、いずれ冷静に見つめることが出来るようになったとき、あなたは気づくことでしょう、むしろ脅迫者の方がより大きな慄えを纏っていることに。

 脅し通すことが可能になったとき、より大きな恐怖心に取り巻かれるようになるのだ、などと言っても意味は分からないでしょうが、大事なことなのでどうか覚えておいてください。決して脅し返すようになってはいけませんよ・・・」

 

 訳のわからないまま、しかししきりにうんうんと頷く少年を後にし、女は諦めの表情を浮かべながら、すうーっと消えていった。少年を脅しつけた何者かが、後々の成長したその少年自身だったことに、女のほか気づいていたものはいなかった。