匂い

 「あっ、これは高校に通っていた時の匂いだ」

 「これは小学校時代の匂いだ」

日常に、時々過去の匂いが混ざり込むことがある。具体的な、何か特定のものの匂いという訳でもないのだが、その一時期、例えば高校時代なら、高校に通っている間中ずっと、一貫して漂い続けていた香りというものが確かにあって、それを今でも時々、嗅ぐことがあるのだ。

 しかし、あるひとつの時代に一貫して漂い続ける香り、匂いの正体は何なのだろう。その当時着ていたもの、通っていた場所などの匂いも少しは関係しているのであろうが、今、当時と違う恰好をして、違う場所に立っていたとしても、その匂いを感じることは出来るのだ。

 感覚的に、ある時代に一貫して漂い続ける匂いというのは、例えば小学校時代ならその通い始め、あるいは通い始める寸前に、様々なものが混じり合った結果としての形成を、既に終えているような気がする。

 ある特定の場所に通い始める前に、匂いの大部分が作られてしまい、その匂いは今になっても時々、全然関係のない場所で嗅ぐことが出来るという事実から、それらの匂いはむしろ、発生元を内部に持っていたと考えることが出来るのかもしれない。その当時の気分、緊張、あるいは安らぎといったものの集合体、その匂いと言ったら良いであろうか。

 そうすると、確かに自身の鼻でもって嗅いでいると感じていた、

「過去、特定の時期に一貫して漂っていた匂い」

は、同じ感じるにしても、料理などの匂いを鼻で知覚するというのとは違う感じ方でもって捉えられていたものなのかもしれない。