トロッコ

 トロッコに乗り込むと、ガタピシガタピシ揺れながら、暗いトンネルの中へと進んでいく。

「うわあ・・・どこに行くんだろう? すごいねえ!」

周りの人に話しかけたつもりだったが、ひとりだけでは勿体ないと思われるスペースに、在るのはただ私ひとりだった。

 進んでいくうち、トンネルの中にぼうっと薄明かりが差したかと思うと、遅れて、何人かが相談するように話し合う声が聞こえてきた。

「何だ、中に人が居たのか」

と半ばは安心し、人々の声が次第に近づくに任せて、耳を澄ませていた。

「どうするよこの先」

「このままではダメなんじゃないか?」

「じゃあ、こうしようか?」

話されている内容は分からなかったが、真剣な空気であることは充分に伝わってきたので、少し話しかけることを躊躇ったが、その人達が姿を現すタイミングとほぼ同時ぐらいに、

「ねえねえ、何の相談をしているの?」

と声をかけてみた。人々は振り返り、急なことで何も継ぐ言葉が見つからなかったかのように、

「ああ・・・」

という呟きを漏らすと、顔を見合わせて愛想笑いの連鎖を作り上げた。

 何か適当にごまかされた気がして納得がいかず、動き続けるトロッコからひょいっと飛び降りて、その人達のところへ向かおうとしたのだが、見計らったようにトロッコは、スピードを1段階も2段階も上げて、私を降りさせまいとした。

 急なスピードの転換に驚き、遠ざかる愛想笑いの数を、

「1、2、3・・・」

と数え上げることしか、私には出来なかった。

 それから間もなくして、今度はワイワイガヤガヤと、大勢の笑い声やら何やらが聞こえてきた。薄明かりに照らされていたはずのトンネルも、この辺りでは煌びやかと言っていいほどに明るく輝いていた。

 「うわあ・・・!」

スチャラカチャンチャンという音に合わせて、踊る人、歌う人、それを見て囃す人。涸れるということを知らないかのように、酒は大きな盃を延々と満たし続け、舟盛りは人の波をかき分けて、ひとりでにうねっているようだった。

 「ねえ、ボクも入れてくれよ!」

 「おお、いいともいいとも。食うかい?」

踊る舟盛りをつらまえ、おじさんがその手をこちらへと伸ばしてくれる。端っこのマグロをさらりとひらったところで、またもやトロッコは、降りようとするところを先回りするかのようにして、グングンスピードを上げた。刺身の冷たさを直覚した頭に、酒瓶を頭上に掲げながらヒラヒラと1回転するおじさんの姿が映っていた。

 やりきれない気分に照応するかのように、トンネルは薄暗さをすぐに取り戻していった。すると奥から、おそらく男と女のものと思われるヒソヒソ声が聞こえてきた。姿の見えぬ前からその親密の度は窺われ、しなだれかかる女の様が、くっきりとした輪郭を保って脳裏に映るようだった。

 .あまりまじまじと見る類のものではないと悟った私は、トロッコの中でしゃがみこみ、目から上だけをトロッコのふちから出すような格好になった。あわよくば見つからないようにと思ったがそうはいかず、トロッコの音に気付くとまず女が首をもたげ、続いて男がこちらにキッと睨みを利かしてきた。中断された媚態に、冷や汗のようなものを感じ、トロッコはそれを見透かして嘲笑うかのようにガタピシガタピシとゆっくり動いた。

「おい、ちょっと待て!」

そうこうしていると、男が立ち上がり、スタスタとトロッコの方に近寄ってくるではないか。早く早くと念じる気持ちをいちいち裏切るように、トロッコはガタピシガタピシ、ともすれば今までより1段とゆっくり進んでいった。

 と、男が突然、ここから先には向かえないと言わんばかりに立ち止まると、悔しそうな表情でもってこちらをひと睨み、途端踵を返して女のところまで戻っていくのが分かった。ふう、と一息つくと、程なくしてトロッコはトンネルを抜けた。

 あれ、たしかほとんど真っすぐ進んでいたはずだけれども、と考える頭の前に広がった景色は、先ほどの入り口と何ら変わらないものだった。跨ぐようにして再び地面へと降り立った私を尻目に、トロッコは、また乗っていくかと言わんばかり、車体を前後にガタガタと揺らした。

 とんでもない、と思いながら、トンネルの入り口へと目をやる。ぽっかりと開いた大きな黒い穴が、不穏そのもののように思えた。