条件の無い、曖昧な・・・

 大人って何だろう。

「大人とは」

の後に、ありとあらゆる言葉が並び得ること、ときにはその言葉たちが矛盾をはらむことから見て、大人というものを定義する明確な条件は無く、その存在自体が曖昧なものなのだと思えてくる。

 私が、人のことを大人だと感じるとき、それは一体どういう場面だろう。感情を抑え、声を荒げず、場を柔らかく収めている姿は、大人を感じる一番美しい瞬間かもしれない。

 大人は、意気込みや決意でなれるものなのだろうか。あるいは肩書きのように外部からくっつけられるものなのだろうか。どうもそうではないという気がする。

 半人前、半人前と言い聞かせ、屈辱感と劣等感を植え付けて、ついにはそれを跳ね返したくなるところまで追い込んで、強制的に大人を作り出そうとするその慣習。お粗末な大人の育成法・・・。