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ただ生きる なんとなく生きる

 私は、何かの目標を持って生きていようが、そうでなかろうが、絶望しきった有様でカラッカラになって生きていようが、それらはどれも疑いなく、ひとつの立派な生き方だと思っているのだが(生きていくことそれ自体がそもそも難しいから)、

「ただ生きていること」

あるいは、

「なんとなく生きていること」

に対する、人々の、激しい憎悪とも言えるものは何なのだろう。ただ生きていくことの是非よりも、そちらの方が私は気になる。

 自身の城を築いてそこに暮らしているのなら、他人にあれこれ言わず、ましてや憎悪を向けることなどせず、悠然と構えていれば良いのだ。しかし、それが出来ずに、思わぬ激しさを伴った憎悪が露呈してしまうということは、

「ただ生きている」

有様に、何か深いところで響くところがある、無視できないものがあるということだ。自身の城の土台などユルユル・・・いや、ユルユルどころか、そもそも土台なぞないという事実を思い出して不安になるのだろうか。

 なんとなく生きていくことは、これだけ忌み嫌われているからこそ、反対に面白いものなのかもしれない。そして、そこをごまかさないことでしか分からないこともあるような気がする。