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幾重にも重なった諦めの先にある

 『平和に我慢ならない』で書いたことに関連して、完全に平和な世界というのがもしあるとすれば、それは、通常安易に思い描いてしまうような理想的な世界とは幾分異なるものだと思っている。それを想うと自然に熱い涙が込み上げてしまうような、美しい地点ではないだろうというように思う。

 それは、大小様々の不正に憤って、涙を流したりはしない世界だろう。隣人や、親しい人々、同胞などを誇りに思い、胸高鳴ったりはしない世界だろう。あれやこれやのことで、とにかく張り合わない世界だろう。誰も、人々に何かしら強い影響を与えたいなどとは思わず、仮に、人間として大層魅力的な人物が出てきたとしても、大して関心を持たれない世界だろう。困りきった人々がいれば、どこからともなく複数の援助者が出てきて適切な支援が行われるが、そのことによって支援者、被支援者の間に何の感動も起こらなければ、何らの関係性も生まれてこない世界だろう。愛する人々をいとも簡単に奪われようが、悲しみこそすれ、何ら憎しみの情を抱く人のない世界だろう。

 果たして、これだけ乾ききった状態に耐えられるものであろうか。それでもなお、戦争をしているよりはいいとして、そんな状態でも我慢できるようになるには、幾重にも重なった諦めが必要になるだろう。