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ただの憂鬱

 何かを想って憂鬱になることもそりゃあるだろうが、純粋な憂鬱、つまりは憂鬱のための憂鬱というものがあるので、あまり、

「何故憂鬱になっているのか」

が見つからないときに、無理やり探すのは良くない。何かを想っての憂鬱ならば、すぐにそれが見つかるだろうから尚更だ。

 ただの憂鬱、理由のない・・・。強いて挙げれば、存在の、ということだろうか。またここに在るということ、まだここに在るということ。動かさなければいつまでもここに居て、どこに動かしていこうがここ以外からは去れないということ。そういう、解決のない、どうしようもない憂鬱。倦怠も、呆れ果てて見捨てていくような・・・。