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 よく見えるところに飾っているのだが、はて飾っているだけなのか、ちゃんと見ているのか、どうも自身が無くなってきた。色が安定しないので、だんだんにしんどくなってくる。説明がない、解釈が排されているというのはどういうことだろうか。いや、そのままではないか。違うのだ。問わなければいけないのは、何故説明が付けられるのだろうか、解釈を施すことが出来るのだろうかということで、というのも私は、そのときそのときで衝突しているだけなのではないかという気がするのだ。

 起きてしまった後で、それらしい説明を付け加えることに一体どれだけの価値があろう。

「なるほどそうかもしれないな・・・」

と思える説明を付け加えることなんて、容易いことである。その現象から完全に外れてしまっていることに言及しなければいいのだから。しかし、その説明は何も、ほとんど何も捉えられていないと言っていい。例えば、その人の特徴を逐一書き記しているノートなどがあったとしても、それはその人そのものとは似ても似つかないものとしてそこにあるだけだろう。現にぶつかっていて、そしてそこに説明はなく、解釈不能な体験があるだけだということ、これだけが肝心である。