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 必要とされないことも辛いかもしれないけれど、必要とされることはもっと辛いなあ・・・。どうして私という存在は、完全に宙へと浮いてしまわないのだろう。必要とされないことがなんとなく辛いから、必要とされる方へふらふらと揺れ動いていくのだけれど、そこには先に言ったように、より辛い現実しか待っていないんだ。だからその、なんとなく辛い状態が一番居心地のいい状態であるという訳なんだけれど、常識、というか思い込みというものは、頭からは去っていても身体には染みついているものなんだねえ、煮えたぎる湯の中にも、きっとどこかに39℃くらいのちょうどいい場所があるはずだと、あてもなく歩き回っているんだ。そんな場所はどこにもないのにね。深いところで気持ち悪いぐらいに分かってしまっていることに対する反発なのかな。意味の領域で語るならば、それは無意味も無意味、何ら意味のない動きなんだけれど、けれどそれは動きなんだ、確かなね、やめろと言えるかい? 俺が言うのか? 冗談じゃない。