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 よく見るということは即ち、内容を失って穴になるまでに見るということであって、判断をすることではない、判断とは根本的に異なるものであると思っている。

「よく見なさい」

と言うとき、それは判断を誤るんじゃあないよという意味で使われていることが多いだろう、それはそれとして、私は、よく見るということを、全く判断の不可能な地点にまで達することと考える。みっともない、情けない、なかったことにしたい残酷なこと、そういうものを穴である私は全て通過させている、思い出すという働きがあってもなくても、常に憶えているし見据えている、それは私がウンと言おうが嫌だと言おうが見据えている、しかし意識的に見る場合、ごまかしを容れやすい、判断をその初めから入れがちになる、それをまた意識的に穴に寄せる、同化する、見ることは見ること以外のものでなくする、よく見ようとする努力はこういう過程を辿ると思っている。