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 自己批判が目的ではなく手段になっていることがほとんだと感じる。つまり厳しい目を向けているのではなく、他人を黙らせる為、介入させない為に、自己批判を手段として持ち出している。黙らせたいときは、相手に直接、

「黙れ」

と言ったり、何かを説いたりするよりも、自己批判を繰り広げる方が効果的であることを、これでもかというほどよく知っているのである。

 手段になっていようが目的になっていようが、批判をしているのならそれでいいではないか、いや、他人を黙らす目的で、自己批判を手段として持ち出すときには、ダメージなんか全くもって負わない。何もきつくない。ひとつそこに挟まっているから何ともないのだ。純粋に目的として自己批判を繰り広げるのは大変だ。というより、そんなことを為し遂げた記憶が一度もない。いつも手段だ。それも目的にしようと思っても、どこかで目的は他のものに入れ替わっていて、気づいてか気づかずしてか、揚々と手段としての自己批判をし、何かを成したような気になっている。