<264>「ただただ」

 ただ在るということに対する恐怖や憎悪は相当なものになっている。私だって、最初から最期まで、ただ在るだけなんだ(中で何をやろうが)ということを意識して、怖ろしさを感じない訳はない。しかし、生き物なんだ、ただ在ることは他の何よりも自然なことではないか。自然であるというのは怖ろしい、だけではない、畏れ多いのだ。生きていることの神秘さは、ただ在るということに因る。

 何の花かは分からないが、暴力的な無邪気さによって踏みしめられたそれは、結局沈黙を守り続けた。いや、何も守ってはいない、ただ沈黙であっただけだ。踏みしめた後も長閑な空気が相変わらず流れていることに怖れを成した。

 これだけ確率の低いことが起きている、奇跡だと。これだけ確率の低いことが次々に実現されていったのは何故だろう、という疑問は、作為者の視点から出る。そうじゃない、ただ出現したのだ、ただ実現したのだ。そこには確率の低さも高さも関係がない。ただだから何でも可能だったのだ。そして、何かを可能にしたという意識すらないから・・・。