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 ちぎれていくものを、ひとつひとつ掬う私は、苦みでなくて何なのでしょう。振り返ると、目の回ることばかりで、むろん振り返らせるものがあったのには違いないのです。記憶というものが頼りなく、また正確で、もう片方に立った人が誰か過去の人であるということは理解しました。それでも、理解しなかったのと同じような身振り、手振り、溜め息のつき方であったことを考えています。いえ、考えていましたが、それで何かが分かるという訳でもないのでした。

 窓の冷たさが、視力の代わりをするようで、私は大変この場所を好いと思いましたか、立ちあがる瞬間に、今まさに参加しているという感覚を胸に抱いて、今日までのちぎれの数々をもまた許容せざるを得ないのでした。いえ、喜んでいたのかもしれません。それで、あまり勢いが盛んなものを見るのが悲しくなるのです・・・。