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 薄暗い景色が徐々に暖かさを持つ、その空気が私と関係になるのだ。かえってそのままどんどんと流してしまったことがよく記憶に残り、細かさは細かさとして気紛れにここへ現れるし、現れたらいい。何が嫌なのか。私が溶け出していくというイメージでは何かが足りない。盛り上がり落ち着いて盛り上がり落ち着いて、結んだり破れたりすることが印象を強烈にして、ということは勝手に止めてはいけないのだった。それはいつでもそうだろう。破れ破れていくものに私が見つからなければいけないということはなく、運動の継続だけが関心事であればよく、結局その運動の関心というものはまた、気紛れに現れ続けて、その意識さえどんどんと流してしまって構わない。