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 興奮と共にある、それは興奮と共にある景色としてもう一押しの参加を促すと、ぐつぐつ温かい。妄想を許す曲線がときどきで色を変え、肉を変え、眠気がすいすい蒸発していくのを感じる。見ていたね、見ていたいね。景色として当たり前になると、もうそこには何ものも見ていないのだ。動揺することもあれ、冷めていることもあれ、大体が感想となるものはそれ程でもない。感想になっていないものを掴まされる。掴まされるんだ(分かるね?)。とても興奮度とは思えない歩行を静かに用意して、ピシピシ踏みしめてみたらいい。私が見ているものだからこれだけなんだ。むろん、これ以外に何が昨日を見ている?