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 記述行為は無限の優越感を生んでいて、それを防げるか。どこが高等なんだ、人間が?と言うとき、人間の枠から自分だけ外しているのではないか(お前は・・・)。だんだんに無へと向かっていくもの、何かではなくなり、終わりには完全に無になってしまうのが記述の継続に定められた運命だと誰かが言って、そうか、何様だ、お前も人間であろうに、しかし、人間から外れたような物言いをしてそれで何の違和感も覚えなくなるのは、無になるから、無に近づいているからなのだ。無は何かを超えているのか。優越感の根拠は、何もないというところに見出されるのか。何もないということは即ち優っていることになるのであろうか。どうもそうではないような気がするが、さて・・・。