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 どういったものなのかを把握したいという欲望の後ろに、しっかりと限定はついてきて、それは確かに仕事をするのだが、限定されたものとしての姿しかそこには現れないから、把握したいと願ったものそのものとはいかなくなっている。もちろん、そのものでないにしても、ある程度その限定だけで何かしら掴めるのだが、そういった限定があちこちで為されて、ひとつところに重なり合ってきたりすると、もう何が何だか分からなくなってしまう。

 個々のものはそれだけで一応それなりに話は通ってきたはずだが、それらが集まると、その集合体は果たして何物をも指し示していないということになる。限定して筋道を立ててきたはずのものが、いつの間にか宙に浮いているのはその為か。

 限定されたものは有用である。それを否定する必要はない。しかし、その都度何かを取りこぼしていることを忘れてはならない。そうじゃない、不要だから捨てたのだ、と。しかし全体は、そこで不要だと判断されたものの一切を含めて全体だったのである。