<444>「歩むイメージ」

 歩みに対して持つイメージを、どこかで漠然と間違えているのかもしれない。生にまつわるものがここで、再び入用になるはずもなく、ただ死んでいく者に成り代わっていくらかの表情を示すだけだ。

 すっきりと、クリアな領域へストンと落ちる、それは、期待とは似ても似つかないものだが、イメージの内の一であるからして、充分に混乱させるに足りるものであっている。僅かな、その日付の変更でさえ、ひどく不可解なものになっていき、予定の季節はなんとまあ、正確な姿を晒している。

 次第々々にその枝という枝を腕に絡めていき、その過程での自在が感得されなければ、このような歩行が、繰り返しが何であるのかということが見えてくるはずもない。もう何も、これ以上余計に絡ませたくないのだという拒否を、存分に笑うだけの体力を枝は持っている。