<517>「溶けて入る部屋」

 ここは、没入するべく用意された場所である。知らなかった? なに、構造物の形をよく見たらいい。意識のひとつひとつがまろやかに溶けていく過程をここでお見せしよう。

 外からの声が、まるで聞こえなくなるなどという話に苦笑する。そんなことはない、そんなことはないのだが、音に反応しなければらないとか、動かなければいけないという意識が稀薄になる、いや、ほぼ無くなってしまうのだ。

「どうやら、出られないようですよ」

そうか、なるほどしかし出口を探そうとは思わなかった。むしろ、私が出口にならない方法を探っていた。どうだ、全体だろう。隣の顔が音を上げる。これだけ大きく取ったのだから、空間に、空間にしか用がない。

 真剣な表情の出番だ。真剣な表情は表情で遊んでいてくれ。ここに時間などというものはないのだから。

「存分に、たっぷりとは何でしょう?」

そうか、確かにその通りだな・・・。呼吸を整えるために笑い、

「お前は、ただ遊びであるといい」

と。やっと納得したようで、そのまま出ていった。出ていく? ここが出口じゃないか! 声という声がやけに近くにある。しばらくボーっとしているよりしょうがないのだろうが、戻ってきたことを確認するこの瞬間が別に嫌いではない。積極的に好きだと言わないのは、不快感から抜け出してきた訳ではないからなのだ。