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 特にこの間だけ何が起きたというのでもないのに、早くから人という人はここに集まって一抹の興奮を握り締めながら全体が顔となるべく眺めている。そのなかのひとり、特に興奮という程でもない笑みを湛え、和やかな空気作りの中心からはしかし微妙にズレていっている者が。その者を捉えるのにさほどの困難は感じないだけ、全容を掴むのが難しく、スルスルと滑っていって順番に消えていくものからまた徐々に分からなくなるものだから、

「あいつは誰だ!」

という問いすら、端から諦められていたと言っても良い。何が何だか訳の分からないという顔の作り方を知らないかのごとく、どうやらその笑みとともに案内された場所は喧騒がちょうど心地良くなるまでに離れたところ。

「あなたはこんなものを見にわざわざここへ来た、そんな事実をお認めになるのですか?」

いやいや、と演技のように照れてみせたあとで、申し訳程度の息を吐く。それまで、呼吸というものすら、リズムというものすら感じさせない身のこなしであったことを今さらのように考えている。ふたり、そこには過不足のないふたり。この人には何らかのエンジンみたいなものはないし、それは元々必要がなかったのだと思う。いや、そう思わなければこの移動の、足を上げていない感覚は何と他の人々に伝えたらいいのかが分からないのだ。むろん、そんなことが誰に伝えられるのかそんなことも分かる試しはない。緊張がものをよく見せると言う。そんなことは誰かが言うことだ。誰かが言うことだと思っているうち誰も言わないことが明らかになったらどうするのだろう。おっとっとっと飛び出してみて笑うだけだ。こんなときに笑ってみせるのが何の足しにもマイナスにもならないとしても、なお面白さはこの間だけ少し飛び出し、考えからしばし離れる。