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 「応援し甲斐がないんだよ。大体ねえ、見ている人がいるから成り立つものをね、どうしてそんなに素気ないのかね」

「へえ、まあ、どうも・・・」

「へえまあじゃないんだよ。そりゃあ勝ってるのかもしらないですよ、強いのかもしれない。しかしね、ありがとうとか応援してもらえると嬉しいとか御蔭さまで云々ということを、たった一言言うだけだっていいじゃないか。君はひとりで何もかもやっているつもりなのか」

「へえ、まあ、どうも・・・」

「へえまあじゃないんだよ。誰が応援するんだ? 誰が応援するんだ君のことを?」

「へえ、まあ、どうも・・・。そろそろ練習がありますので・・・」

 

 長嶋さんを追いかけているのはここへきて、遂に私ひとりになったと言っても良いのだろう。尤も、この競技者に心底からの魅力を感じていたからなのかどうかは分からない。どうも、観客というものを考えずにはいられない、実際にやるということとそれを見るということの不思議さが頭から離れなくなり、その問題をひたすら考えるたびに、長嶋さんという人物が自分のなかで非常な濃さとなって浮かび上がってくるものだから、こうして追いかけているのだと思う。

 例えば、

「俺は観客のことなんか考えない、自分のためにプレーしているんだ」

という方向。

「観客がいなければ、お前が活躍したって何の意味もないんだ」

という方向は、それぞれ極端すぎてポーズになってしまっているので、はっきり言えば関心がない。その点長嶋さんはそのちょうど中間にあるというか、中間にあるのかどうかも分からない立場にあるという印象でもって気になる人だった。観客に何かサービスをする訳ではない、かと言って、無いもののように考えたり、見ている人は別に関係がないと思っている感じでもない。

「へえ、まあ、どうも・・・」

という、よく聞かれるこの言葉の通りの曖昧な調子しか伝わってこないという点でやはりどうしても気になる人だったのだ。