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 「あなたが言ったことに対して、私は何の反論もありませんし、言いません。恨みも怒りもありません。が、あなたは、私に何かを言ったということ、自分の立場を棚に上げて何かを喋ってしまったということを、いつまでも憶えていてください。自分がどれほどのものなのかという反省もなしに、長々と様々な言葉を並べてしまったことを、いつまでも憶えていてください。私も憶えています」

 そう言われたきり、しばらく身体がどこにあるのか分からなくなった。恨みや怒りもないまま、ただこの事実だけが双方に残り続ける、という可能性をどれだけ信じられただろうか。あくまで憶え続けるならば、そこには怒りが伴っているに違いない、と。

 しかし、何の怒りも感情すらもなく、その記憶はただただ残り続けて、人ひとりひとりの足を時折強制的に引き留めていたのだ。さすがに泣きもしなければ笑いもしなかった。怖れといっても、どのように怖れたらいいのかすら分からなかったのだ。