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 お前、の、座ったり上がったり、お前、の、座ったり上がったり、お前、の、座ったり上がったり、それ程でもなくはなから慰められること、とともに流れてくれれば、よく、見えているはずとなるのだ。この間、久しぶりだろうと、眺めて、いて、確かめるつもりで湧く、湧き、湧け、湧こうとするとなかから、

「何故だ」

何故だの行進。よく動いている、動いていることが真反対のコミュニケーションを作っている。嬉しい、嬉しいと思い込んでいて、嬉しい。あたため話し合うのよ、なんでもこの頃内側を通らせて、かたまりのなさを投げる、投げると、

「あれ、あれは私のフォームではありませんか?」

と。この人の形は、この人にしか出せませんよ、なんて、変な言葉がゴロゴロここらに転がったなと思うと、やっぱりその通りなんだからなんとも、なんとも懐かしいはずだった。このように、汗を垂らして、何を思ったか繰り返し、繰り返し同じ動作を必要としていたこと、どこかで憶えていて、当たり前に出来ること、それは場所を択ばない、と言うがなにさ、おんなじところから一歩も動いて、いはしなくて。