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 落ち込むときは、そよ吹く風の向きを見留め、そこで共振しなければならない。そうして初めて表情は生まれるのだから。待合場所は動きを減らし、そうして駆け足の音を聞かせる。訳もなく走り出してきたのが、本当に馬鹿みたいで、ムッとする空気のなかへ、言葉を忘れ去る。

 笑みは僅かであり、風景が全てだ。分からずやと少なくも交歓することが出来る、その期待の分だけひとところの手足は躍動し、次の表情を待つ、混ぜ、変えることが出来る。できるだけ、決まった言葉を交わしていって、出来るだけ、普通のリズムで立っていたい。斜めになぞることが面倒くさいなら、私は走る。そうすると、どこの風景もが大丈夫だと思えるからだ。どこのお話でも、軽くなったと思えるからだ。