<800>「記憶のなかの右腕」

 ふらり・・・と、それは私から出る音に違いはないが、まろび出たその穴に尋常ならざるひつコさでかじりついていた。が、見えた。私は右腕を見た。

  私は記憶のなかで右腕を見た

 もいで、もいで、もいで、それから、嗅覚に出会うまで、疾走する犬と(イヤ、あれは狼に違いない)。寒い、静かな朝、まだ太陽もない明るさのなかに、ポツンと嗅覚が一切の静止を実現して待っている。

  おぼえず私はまろび出る

  震えが、いつぞや、あふれた匂いにかえられる

 あたしたちはそれから、もんずほぐれつ、器のなかの、穴、おそらく転落、穴倉でバラバラにもがれたものが、ついぞここへ集まるのを知る。

  ここへ、意図とは違う夜明けが伸びている

 ついに、私は、大きな挨拶のなかに右腕をあげて(つまり、利き腕ではない)、転落してゆく。夢では同じ場面が繰り返されている。

 ある日、そのひつコさは消された。似たくない人に似ていたから・・・。ただし、それは、あまりに簡単に私を逃れたのではない。それは、惑う時間の、およそ眠たくなる長さ、あるいは別の言い方をして、眠らせない長さとするも良い。名前をいただけなかった分、その穴にボウボウと生え、再び出会えた感動を残して惑いの長さとした。ひつコさは転落していた。私が窓を開けると、そこには太陽のない明るさがあり、右腕を緊めていた。