<856>「Y市と一杯のコーヒー」

 Y市は私のなかで、いつまで経っても延々と図像を結ばない町である。

 ついに結ぼうとして、徒(いたずら)にY市から遠のき、再び訪れる頃には、香り的な記憶及び断片のイメージしか残ってはいない。

 見覚えのあるバスに、訳も分からないまま揺られてゆくと、いつの間に、見覚えのある和菓子屋の看板の前まで運ばれていた。

 その日は雨だ。バスは、海の振舞いを引きずっている。箱型の妖しい光‐及び眠りは、突然の、巨大な駅に対しても、惑わない言語を持つ。

 「すみません、コーヒーをひとつ」

 「はぁ・・・。と言うと?」

 「いや、コーヒーですよ? どうしました?」

 「コーヒーなぞに興味はありませんが」

 「いやそんなこと知りませんよ。コーヒーひとつお願い出来ませんか?」

 「はぁ・・・、それはまた随分突飛な・・・」

 「おい何言ってるんだ。困ったなあ・・・。コーヒーですよ?」

 「はい」

 「知りませんか」

 「あっはは」

 「ちょっと何を笑ってるんです? なんだよこりゃ、コーヒーお願いしますよ」

 「そんなこと言われましてもねえ・・・。やけに力まれてるようですが・・・」

 「あなたじゃ話にならないな、他の人を呼んでくれよ」

 「他の人って、私が呼ぶんですか」

 「そうに決まってるだろ」

 「あっはは、それは面白いことを言いますね」