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 さながら、激流のなかで、ひとしい話を消化しているよう・・・。

 私は何によって揺れていたか、いや、何を揺れとして見るか。

 な、みにふられながら、確かに、その姿は、酔い、に似ていく・・・。

 瞬間々々に、ひいたり、また戻ったりと、あえてその行方を待とうとする・・・。

 波、に、なってしまえるまでの時間だとしよう。それが、おさまるのを待つのではなく・・・。私が波としか言えなくなるまで、あえてそのままの姿勢で揺られていよう。

 あるいは言(こと)、の可能として、私が驚き続けていたのだとしたら・・・。私が口を大きく開(ア)けて、何かしら揺れを見せつけようとしているとしたら・・・。

 私は揺れの先を見る。何も持っていない手で、揺れの先を見ている・・・。

 例えば、打ちひしがれることを、停止と一緒くたにしないで、まず歩行もといリズムのなかへ、自然と還ってゆく、誰かの姿を見たなら、私はその普段のなかで小さな手になっている。

 リズム的な音(おと)ととおい、あの、静かな姿勢が、そばに備わっているという、静かな確認。

 大きなおそれのなかへ、ゆっくりと入ってゆく、一方で、その姿に小さな笑みを見せることも、日常の何食わぬ所作だとすれば、私はまだ波になる可能性を持っている・・・。

 照れ臭さを、ひとつの顔として見留めるとき、私は私の歩行の現実言語性を知り得(ウ)る・・・。