<894>「ユコウユコウ」

 こよい、よい。治峯(じ・・・ぶ?)ン、の鼓動とうと、うと、していると、すさまじく響く、ノ・・・、声、と、人(ひと)。

 手、が、間近で光る。みつめられた穴へ、それはまた誘いへ、惑溺は惑溺として静かに通る。

 不鮮明、不十分の、ただの呼吸の回転として、あるいは、気まぐれに招待された私として、場(バ)を、

  触れにゆくもの

 へ、かえてしまう。余分さは当然かたちの眼を方々へ向ける。

 ただのアクション。それぞれで。また、しかし、安易に、結びつかないと思っているものへの掛け声は、果たしてどんなリズムを、触感を持つのだろう。

 なにがしかの、他人(ひと)の、ひとつぶへ、そのまま透くっと通(かよ)ってゆく、あるいは行方を問わず、わたしはかげか光かをゆわず(言・・・→結)。まだしも大きな熱日(ビ)として・・・。

 あれはとおせんぼ。かようにうたわれたとおせんぼ、の前の、ぽかんとした顔へ、人(ひと)に次ぐ人(ひと)が意味を見出しはじめる、その瞬間の音(おと)をきけたら、ともかくわたしは歓喜だと思える、いや、そのとき思うことからしばし離れる。

 細やかなステップにただうつらうつらと、目の裏に映らいでもよい移るともよいとひとたびの溶けだし・・・あなたが言葉とは何かという大きな真黒のカーテンのなかへうずもれるときの表情へ、ゆっくり、ゆっくりと近づいてゆく。

 きたないはだしのそのほっとしたメッセージに耳をあずけて、わき立つものの助けを借りても、借りなくともよいと話す、そこでこのただの液体はあわいへのゆ→こう(移行)をはじめる・・・。