<897>「重なりの中」

 ふと、立つ。姿は、染まる。ものは、順に顔を向ける。優しく増えている。

 私が木々のマにひとりで歩み、その、振るい方(かた)、雑音の仕方の方(ほう)へ、そっと耳を寄せるとき、あれは知る、ノ、限られた暮れへ、ひそかな話、今また鳴っている、ただ私には立っているとしか言えない時間にまたひとりで戻ってきている。時は私をつまんだりしないだろうか。そう思うといくつもの声で応える。

 完璧にふやけきった、その突端の音(おと)を聴いていると、なにやら、大袈裟な身振りもなく、ぞろぞろと、ものが戻ってゆくのが分かる。これが、晩というやつであり、これが夜(よ)の人(ひと)に知れない側面でもある。

 そのまま疑問形の、変拍子、でしかない、ありふれた態度で、しばしものを動かし、ときには跳ね、不具合と謳っては笑い、朝の露のなかへこころもち紛れていたい。

 完璧に分かってしまった人の前に朝はどういう表情をしてあらわれるのだろう。眼や、眼が、洗われ過ぎることに対して何らの言葉もこぼさないような・・・。

 私なら、完璧であることの美しさは分かる。完璧であることは分からない。無数の渦が次のマに何やら吹き込んでくる。

 道理で、朝は何遍も必要で、何遍も必要であるところに疑問がない。一回でいいもの、そはそは言(こと)とはまじわらないのじゃあ、ああ、、ないか。

 ゆっくりと時間をかけて頬に関わったものは、一枚や二枚で数え終わらない人々の日々を聴く。今も静かに耳を寄せている・・・。

 灯(とう)のなかを揺れている・・・。むやみにヒが揃い、風が揃い、列が揃い、なぐさみに送ったステップ、昼日中は向こうへ・・・。

 眠りの周りを、激しい物音が取り巻いているとしたら・・・。夢はなお夢の上へ重なってゆき、より迷ったものになってゆくだろう。

 走らねばならなかった。速度を上げてしまえばしっかりと落とせるものを落とすために、、あくまで私は走らねばならなかった。あるいは、全てが一致し、せめぎ合いの外へ少しでも出ているために。

 全景がういういしく、あくまでほうけた様子で、わぁ、という粒の声をそこいらに放(はな)っている。なにげなく歩(ホ)を止(ヤ)めた、と思っている人(ひと)へ、粒は嘘のように染みてゆく。

 なにげなくきらめき、なにげなく投げやり、なにげなく几帳面で、なにげなく踊る。ふたりは舞台のまんまなかへ、存在の粒をひと粒ずつ、そっと放(ほう)っていた。

 ひと声でおそらく流れる川、の、一瞬の静止を掴み(静止が川でないとしたらば何を?)、身体(からだ)の限りを尽くしてふやけるなら、そこへすゥっとまた再開が忍び込んでくる。

 なみだ、ミ、ためた。当たり前の遥か以前に、くぐもってオウトツのパロディを演奏していたとき、たれか静かに言(こと)を乗せてすっと窓を避(よ)けるのが分かった。あたしは地面に乗っていた。地面に乗っていて、いかがわしい音調の最中(さなか)に画々然(カクカクゼン)とした表情を移していた。

 夜(よる)は増えていた。また、それにしても朝は一度きりではなかった。存在がひとヒ、のなかへゆっくりと黄土色や橙のフリをしてゆ(行)く・・・。その背、姿、または湧いて・・・。

 場面毎の、停止を願望として浮かべるとき、つまり、渦から足を軽く抜きかかるとき、辺り一面真黒な眼に見えた・・・。