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 かれは・・・。欲をムき、ひたすらに走っていた。

 彼は芝をムく。突然の笑みで。

 かれは、大袈裟な明かりのなかにいた。ひとりでふざけるのもいとわない。何もかも隠してしまうにはちょうど良い、とだけ言った。

 ひとの知れぬ笑みのなかにわたしを置いた。わたしは風景とともに穏やかな色をした。

 指が、ひとの表情を、それはそれは丁寧になぞるとき、記憶はこの場面のことをためらっていた。

 彼は、思ったより増えていた(わたしが触れたからだろうか・・・?)。ひとの声に絡まり、流れてゆく、もみくちゃの映像のなかにひとり、指を染め、軽くなって走っていた。

 わたしは幾種類もの表情を残し惚(ホウ)けた物質になって立っていた。草の匂いになって立っていた。あなたは過ぎた。あなたの声のなかに立ってふさいでのちひらいていた。

 戸のひらく。さらさらとゆく、ノ、透明な喉には、一枚の葉が、うれいを持ってひたとはりついている。戸は軋む。ヒ、がわたしの顔をつらまえてもうほとんど座っている。

 ゆっくりとする、は、多少の、明るい遠慮があったからではないか。わたしは道を湿していた。

 わたしはぐるぐると巻く一連のゆきかたを眺め、あるいは眠くなり、あるいはこの外にいると考え、あるいは訳(わけ)もなくただ汗をかいていた・・・。わたしはいつも速度をこえたいとする欲望に小さな眼を据えていた。

 ひとは言(こと)の彼方に小さく割れていて、その笑みはわたしにひそかに手渡される。しばらくは手を読んでいた・・・。