真面目病

 『あれもこれもしたくて焦るとき』でも書きましたが、雑念というヤツはとんでもない魔物です。本を集中して読みたいのに、何かのテーマを集中して書きたいのに、平気でドンドン頭の中に現れ出てきます。

 それについての対処法は「メモをとることだ」ということを書きましたが、メモをとったからといって完全に雑念がなくなる訳ではありません。軽減されるだけです。

 ただ、それでも書くことは強烈な軽減効果をもたらしてくれるので、今日は、強力な雑念のうちの一つを、書いて処理したいと思います。その強力な雑念のうちの一つとは、

「せっかくやっているんだから真面目にやれ」

というものです。まあ、これは一概に雑念だけの所為にも出来ないと言いますか、私の持つ一種の病気みたいなものでもありまして、つまりは「真面目病」とでも言えるかもしれませんが、とにかく厄介なヤツです。

「イヤ、あなたのどこが真面目なんだ」

と、私のことを知っている人達には言われてしまいそうです・・・。確かに、どちらかといえば私は不真面目です。だったら「真面目にやれ」なんていう雑念に勝つのは簡単だろと思われるかもしれませんが、そういうことではないのです。

 というのも、この「真面目にやれ」という雑念、いつ現れ出てくるかというと、ただやりたいからやっているとき、あるいはただ楽しんでいるときに、頭の中に出てくるんですね。普段なら、「真面目にやれ」なんていう注文はものすごく萎えますから(「本気にならなければいけない訳ではなく」の中でも書きました)、それこそ簡単に無視できるのですが、なまじ楽しんでやっているだけに、

「おっ、そうかい? 真面目にやった方が良いかい?」

と、雑念の方へ、つい乗っかりたくなってしまうんですね。これが良くない。

「イヤイヤ、楽しんでやっていて、真面目にもなれて、良いことづくめじゃないか」

と思うかもしれません。これは微妙なバランスなのですが、確かに真面目にやると、より楽しいのです。ですが一度、

「真面目にやれよ」

という「強制の雑念」を受け入れると、それが重荷になってくるんですね。順序が逆転するとでも言いましょうか、

「楽しいから、つい真面目になってしまう」

となるはずのところが、「強制」を受け入れたばっかりに、

「真面目にやった方がより楽しいんだから、真面目にやらなければならない」

と、「真面目」が「楽しい」よりも先に来てしまうんですね。こうなると、せっかく楽しいから読んでいた本や、書きたいから書いていたものが楽しくなくなってしまうのです。

 ですから、自ずから「真面目になってくる」ことは全然構わないことと考えていますが、「真面目にやれ」という雑念は、良い具合に処理するようにしています。