すくうフリした

 『よりによって、休日なのに何で「自然ふれあい体験」に行かなきゃならないんだ! 絶対に虫などを捕まえさせられるに決まってる! イヤだなあ・・・。』

 ある土曜日の朝、私がまだ小学校低学年だった頃の話である。その頃、土曜日と言えば、普段は少年野球チームの練習に行っていたのだが、その日はたまたま練習が休みになっていたので、家族皆で出掛けることになっていた。

 そこまでは良かったのだが、何故か、「自然ふれあい体験」なるものに向かうことになり、久々の休日で上がっていた私のテンションは、著しく低下した。

「自然と触れ合うのは良いことだよね」

とは親の言。そりゃあ、私だって、自然の中に入って行き、自然の空気を吸うのは好きだ。しかし、

「ふれあい体験」

と銘打たれているならば話は別である。絶対に虫などと触れ合わさせられるに決まっているからだ。私は虫を触れないのである。

 「う~ん、あんまり良いとは思えないなあ・・・」

しかし、虫が嫌い、触れないとハッキリ言ってしまうのはカッコ悪いという意識の為、自然と発言は曖昧なものとなる。

 一方家族はみな、私とは反対に、「自然ふれあい体験」にノリノリである。私の曖昧な物言いが通る隙などない。

 結局、車に乗って1~2時間、イヤイヤながらも目的地まで辿り着いてしまった。

 しかし、今回のこの「ふれあい体験」、内容は、参加者皆で小さな山に登ったり、乗馬を体験したりといったようなもので、特に私が心配するようなイベントは出てこない、良心的な(?)ものであった。ああ、良かった、今日は虫だとかそういうことは無いのだなと安心した私は、「ふれあい体験」にすっかり満足していた。

 が、悪夢はここからであった。様々なイベントをこなした後、もうすっかり日が暮れてきたので、そろそろ帰ろうかと支度を始めていると、

「それでは最後に、お子さんたちは泥の中に入ってもらって、どじょうすくいをやってもらいまーす!」

という主催者の声が響いた。

 ・・・どじょうすくい? どじょうってあの、ニュルニュルした、あのどじょう? 冗談はよしてくれ。あんなの触れるわけがない。なんなら虫よりもハードルが高いぐらいのものだ。私は参加しませんよ。

 と思い、辞退の旨を告げるために親の方へ顔を向けると、親は、それはそれはキラキラした顔をしながら、

「どじょうすくい!? 絶対楽しいじゃん! ほら、行っておいで!」

と、あろうことか私をどんどん泥の中へ促してきたのだ。

 こんなにキラキラした顔を見せられ、なおかつ、どじょうをまさか触れないとは言いにくいという気持ちもあったことから、とてもじゃないが、

「私は行かないよ」

と言い出す気にはなれず、

「うん、行ってくるよ」

と言いながら、泥の中へと入って行った。

 既に、他の子どもたちは泥だらけになりながら、どじょうと戯れている。ああ、何で彼らはこんなにも楽しめるのだろうと思いながら、しばらくその楽しそうな様子をぼーっと眺めていると、あることに気がついた。

「あれ、どじょうってニュルニュルしていて、すばしっこいからか、皆捕まえようとしても捕まえられていないな・・・。そうか! どじょうがすばしっこいから捕まえられないというような様を装えば、どじょうに触らずに上手くごまかしてこのイベントを終えられる!」

 そう思った私は、その後目一杯泥んこになりながら、他の子供たちに紛れ、ひとり、一生懸命「どじょうをすくうフリ」をした。

 「いやあ、どじょうはすばしっこいから捕まえられなかったよ」

 「そうなんだ、残念だったねえ~」

残念だという言葉とは裏腹に、親は泥んこになった私を見て満足げな顔を浮かべていたので、ひとまず安心した。