たまたまそれを楽しめた

 ある男が、あるとき偶然ひとつの分野に出会った。どうやらその分野と相性が良かったらしく、男はたまたまそれを楽しむことが出来た。

 男は次第にそれへとのめり込んでいき、それに向かっているのが楽しくて仕方のないようになってきた。

 社会的評価も必要性も高い分野であったことも手伝って、男はその分野にのめり込むことが、楽しいだけではなく、ひとつの使命かのように思えてきてならないようになっていった。

 そして、一旦使命だと認識して疑わないようになってからは、やたらに周りが気になるようになった。自身が、

「やりたい」

からではなく、

「やるべき」

だからのめり込んでいるはずのこの分野に、のめり込まない赤の他人が。

 男は次第に、この分野に関心を持たない赤の他人を、

「使命も果たさないダメな奴」

と裁くようになっていった。この分野の魅力を広めるのではなく、この分野の魅力を自ずから理解しない奴はバカだと決め込んでまわるようになった。

 このとき、男はとっくに、

「私はたまたまこの分野に出会い、また、それをたまたま楽しめただけだ」

ということは忘れていた。たまたまそれを楽しめない人もいるのだ、ということには考えも及ばなかった。