振り子の切り絵師

 「このように、いつも身体を左右に揺らしながら切る癖をつけていたら、それが抜けなくなってしまいました」

 温泉施設に隣接する、宴会場のようなところで起きた一幕であった。その挙動の怪しさから、幼な心にも、

「あっ、あまり近づいてはいけない人が来た」

と感づかれ、慣れない苦笑を浮かべていたことを覚えている。心なしか、会場全体に漂う空気もそのようなものであった記憶がある。

 「はい、出来上がりました」

そんな会場の空気などものともせず、振り子のように揺れていた切り絵師は、あっという間にひとつの作品を仕上げていた。

 「おお・・・!」

誰もが、その精巧さに、知らず溜息を漏らしていた。単調なリズムとは対照的に、実際の写真から切り抜いたかのような細やかさ、繊細さを見せる配置が、感激と言うよりは、何か鈍い衝撃のようなものをこちらへもたらしていた。

 その後も、次々に正確な切り絵を、時にはお客のリクエストなどに応えながら仕上げていった切り絵師は、ぼーっと見惚れる私をよそに、気づいたときにはパフォーマンスを終えて、いつの間にか会場を後にしていた。

 

 「あれは、タネであり仕掛けであったのではないか・・・?」

あのときは分からなかったが、今となってはそう思う。あの、振り子のような単調な揺れのことだ。タネも仕掛けも仕込みようのない、お客の前に全てが露わになっている即興的パフォーマンスたる切り絵において、堂々と私たちの前に曝されていたあの奇妙な揺れが、仕掛けとも思わせない唯一の仕掛けだったのではないか。

 そこからは何も生まれてきそうにない単調な振り子の動きから、想像も出来ないほど精巧なものを生みだすという、その高低差をつけるための、仕掛けとしての揺れだったのではないか・・・。

 奇妙な、としか認識できなかった存在が、今になって、

「カチ、コチ」

と、私の耳元で音を響かせている。